1.弁護士の頭越しに行われる直接交渉
弁護士職務基本規程(平成16年11月10日会規70号)52条は、
「弁護士は、相手方に法令上の資格を有する代理人が選任されたときは、正当な理由なく、その代理人の承諾を得ないで直接相手方と交渉してはならない。」
と規定してます。
この規定があるため、弁護士は、事件の相手方に代理人弁護士が選任された場合、代理人弁護士の頭越しに、直接相手方本人と交渉をすることができません。
噛み砕いていうと、プロである代理人弁護士を差し置いて、法的知識や交渉力の弱い素人を丸め込むことが、ルールとして許されていないということです。
しかし、こうしたルールは素人には適用されません。そのため、一部当事者の中には、弁護士の頭越しに直接交渉を行って、依頼人に圧力をかけ、事件そのものを潰そうとする方がいます。
こうした直接交渉に対しては、常々苦々しく思っていたのですが、近時公刊された判例集に、弁護士の頭越しに行われた一連の行為を不法行為だと判示した裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介している、東京地判令8.2.9労働経済判例速報2623-16 スタッフ事件です。
2.スタッフ事件
本件で被告になったのは、病医院・介護施設・高齢者向け住宅等の開発支援業務等を行う株式会社です。
原告になったのは、被告が設置する薬局(本件薬局)で薬剤師として働いていた方です。違法な退職勧奨、無効な懲戒停職処分や賃金減額処分などの嫌がらせを受けたなどと主張し、未払賃金や損害賠償の支払を求める訴えを提起しました。
損害賠償との関係での原告の主張は、次のとおりでした。
(原告の主張)
「被告は、原告を理由なく不当に退職に追い込む目的で、短期間に立て続けに本件退職勧告、退職届の交付、第1停職処分、本件賃金減額、第2停職処分を断行し、本件各停職処分を突如取消して出勤を命じたり、原告本人及び家族に敢えて直接の連絡・接触を試み威迫したりしたものであり、このような一連の行為は、不法行為を構成する。また、本件賃金減額、本件各停職処分は明らかに無効であるだけでなく、違法性の高い行為であり、これらの行為を敢えて強行したことはそれぞれ単独で不法行為を構成するというべきである。」
これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、不法行為の成立を認めました。
(裁判所の判断)
「本件賃金減額及び本件各停職処分が無効であることは、前記・・・及び・・・記載のとおりである。本件賃金減額について、原告は、遅延損害金の支払を含めた事後的な賃金支払請求が可能であり、本件各停職処分についても、第1停職処分の約2週間後に原告代理人からの抗議を受け、直ちに撤回されていることに加え、原告は、本件各停職処分によって労務の提供ができない期間についての賃金支払請求も可能である。もっとも、認定事実・・・ないし・・・によれば、本件賃金減額及び本件各停職処分は、自主退職に応じない原告に対する制裁として行われたものであり、その内容も明らかに過重であると認められるから、上記のように賃金についての事後的な救済が可能であることや本件各停職処分が撤回されていることを考慮しても、悪質であると言わざるを得ない。また、被告ないし被告代表者は、本件各停職処分を撤回した後も、認定事実・・・記載のとおり、男性1名を帯同して原告宅を訪問し、原告宅をタブレット又はスマートフォンで撮影し、ドアを叩くなどしたり、原告本人に直ちに出勤することなどを求める電報やLINEメッセージを送信するなど原告及びその家族が不安を覚えるような行動をしていること、原告代理人から原告に対する直接の接触を避けるよう通知されながら、原告本人に対して、原告の行為が詐欺などの犯罪行為と評価できる、懲戒解雇について最終警告するなどの語気強い文言の電報を送信していること、前記・・・記載のとおり、任意退職に応じない原告に心理的負荷をかけて本件事務所に来所させ、懲戒解雇手続を行おうと一方的に賃金を事業所払いに変更するなどしていることが認められるところ、このような一連の被告の行為は、任意退職に応じない原告を、適正な手続によらずに、退職に追い込もうとしたものと評価せざるを得ず、不法行為を構成する。」
「上記不法行為によって、原告に生じた精神的損害としては、一連の行為の悪質性や、本件各停職処分が撤回されていることなどの諸般の事情を考慮し、30万円と認めるのが相当である。」
3.直接交渉そのものが違法とされたわけではないが・・・
以上のとおり、裁判所は、一連の直接交渉を違法だと判示しました。
これは多数の不穏当な行為が組み合わさって違法だという評価が導かれたものであり、直接交渉そのものを違法としたものではありません。
それでも、弁護士から直接の接触を避けるよう通知していたことが違法だとの評価を導く考慮要素の一つとして指摘されたことは注目に値します。 直接の接触行為をしないようにと言われている状況下での直接交渉に対し、法的にネガティブな評価を与えたものだと言えるからです。
以前、
裁判所は素人による逸脱した行為(弁護士の頭越しに行う直接交渉)に甘すぎではないだろうか – 弁護士 師子角允彬のブログ
という問題提起をしましたが、本件は弁護士の頭越しに行われる直接交渉に否定的な評価がされた裁判例として、実務上参考になります。
