1.セクシュアルハラスメントと性別役割分担意識
平成18年厚生労働省告示第615号「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」【令和2年6月1日適用】は、
職場におけるセクシュアルハラスメント(セクハラ)を、
「職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」
と定義しています。
この「性的な言動」に該当するのか否かが微妙なものに「性別役割分担意識」に基づく言動があります。性別役割分担意識(性別役割分業意識ともいいます)とは、
「『男は仕事・女は家庭』といった、個人の能力とは関係なく、男性・女性という性別を理由として役割を分ける意識」
を言います。
上記指針が、
「職場におけるセクシュアルハラスメントの発生の原因や背景には、性別役割分担意識に基づく言動もあると考えられ、こうした言動をなくしていくことがセクシュアルハラスメントの防止の効果を高める上で重要であることに留意することが必要である」
と規定していることからも分かるとおり、法が性別役割分担意識にネガティブな評価を与えていることは間違いありません。
しかし、法は性別役割分担意識に基づく言動を「セクシュアルハラスメントの発生の原因や背景」として位置付けており、それが直ちにセクシュアルハラスメントにまで該当するとまで言っているわけではありません。
要するに、性別役割分担意識に基づく発言は、違法なセクシュアルハラスメントと不適当だけれども違法とまでは言えない行為との境目に位置しています。
そのため、セクシュアルハラスメントの境界線として実務家の関心を集めているのですが、近時公刊された判例集に、これが違法だと判示された裁判例が掲載されていました。大津地判令8.3.27労働判例ジャーナル173-38 草津市事件です。
2.草津市事件
本件で被告になったのは、地方自治体である草津市です。
原告になったのは、新規採用職員として採用され、草津市の都市計画部都市計画課に配属された市職員の方です。
cは都市計画課の課長で、dは都市計画課の主査(後に副係長)です。
原告の方は、cやdからセクシュアルハラスメント・パワーハラスメントを受けて双極性障害を発症したなどと主張し、損害賠償を請求する訴えを提起しました。
裁判所は、次のとおり述べて、c、dの各行為の違法性を認めました。
(裁判所の判断)
「別表1の行為に関し
番号1
cは、原告に対し、『デートしよう』『一緒に帰ろう』との発言を日常的にしていた(争いがない)。また、『彼氏は浮気してると思うで。だから僕とどうや』『26歳まではいける。それ以上はおばさんだからダメ』『家に行くわ』『今日はデートか。誰と行くんや』との発言もした・・・。
番号2
cは、令和3年10月頃、原告に対し、『結婚しているが、彼女がほしい。一夫多妻制が良い。』との発言をした・・・。
番号3
cは、令和3年10月26日、g株式会社の株主総会参加後、原告に対し、『二人っきりやな。デートしようか。』との発言をした・・・。
番号4
cは、令和3年9月か10月頃、原告に対し、『女が働くと、男が子供の世話をしなければならなくなるから、女は働いてほしくない』との発言をした・・・。
番号5
cは、令和3年10月28日、都市計画課景観係の女性職員が泣き出してしまった出来事があった後に同職員の机の上にお菓子を置いた際、『aさんにもまたお菓子あげるしな』という趣旨の発言をした・・・。」
番号9
dは、原告が定時退社した後である令和3年11月4日午後5時57分、都市計画課都市計画係の職員のグループラインに『@h(注記:原告に対するメンション)予算決裁固まって無い中、予算担当帰ったらあかんと思うよ』とのメッセージを送信した(・・・以下『本件メッセージ』という。)。なお、本件メッセージは都市計画係の所属6人が見ることのできるものである。」
(中略)
「cの一連の発言・行動については、他者を不快にさせる性的な言動としてセクシャルハラスメントに該当するものである。また、本来、このような発言を見過ごさせない職場環境を作るべき管理職としての立場としても、自ら冗談として済まされるような職場環境を作ってしまったことは、不適切といわざるを得ないものである。被告におけるセクシャルハラスメントの啓発活動としても、ハラスメント相談員の設置がされ・・・や無記名アンケートなどは実施されており・・・、職場におけるハラスメント防止指針・・・も定められ、これが市役所の共有フォルダに保存されて誰でも見ることができるようになっていたとはいうものの・・・、他方、cは、現実にはこの指針を見ておらず、研修を受けた記憶もないというのであり・・・、十分な実効性のある対応がされていたとは解し難い。」
「また、dによる本件メッセージについてみると、各係の予算要求に関し課長決裁が終わっていない以上、課長からの修正指示があればこれを踏まえた修正がされた上でのとりまとめ(製本)作業が必要になるのであり・・・、令和3年11月4日のうちに課長決裁を終わらせることが想定されていたことからすれば・・・、課長決裁が終わるまで退庁を控えるというのが被告における予算担当としての心得と解される(退庁するにしてもその旨の声掛けを要したというべきである。)。したがって、dにおいてこれを原告に対して指導する必要性があったといえ、そのメッセージの内容自体は業務上の必要性があったものといえる。他方、都市計画係の誰もが読むことが可能な形式とする必要はなかったもので、このことは無用に原告の自尊心を傷つけることに繋がるものであって、適切性を欠いたものといえる。」
「これらを総合考慮すれば、c、dのこれらの行為は、国家賠償法1条1項所定の違法性が認められ、被告は、原告に対し、国家賠償法上の責任を負うものというべきである。」
3.違法性が認められた
以上のとおり、裁判所は、
「女が働くと、男が子供の世話をしなければならなくなるから、女は働いてほしくない」
との発言に違法性を認めました。
これは性別全体に向けられた侮蔑的な表現ではあるものの、特定個人に向けられた攻撃なのかは微妙なところです。その意味で特定個人への金銭賠償を要するレベルの言動と言えるかはそれほど自明なことではなかったのですが、裁判所は、これに違法性を認めました。
裁判所の判断は、性別役割分担意識に基づく言動に違法性が認められた事例として、実務上参考になります。
