1.就業規則の周知性
労働契約法7条本文は、
「労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。」
と規定しています。
噛み砕いて言うと、就業規則の内容は、「周知」を条件に、労使間の労働契約の内容に取り込まれるという意味です。
ここで言う「周知」とは、実質的周知、すなわち「労働者が知ろうと思えば知りうる状態に置くことを指す。労働者が実際にその内容を知っているか否かは問われない。」(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第3版、令5〕197頁参照)と理解されています。
実務上、周知性は極めて緩やかに認められています。そのため、周知性が否定される事案は珍しいのですが、近時公刊された判例集に、就業規則の周知性が否定された裁判例が掲載されていました。大阪地判令8.4.27労働判例ジャーナル173-22 サンキ事件です。
2.サンキ事件
本件で被告になったのは、繊維製品や下着の製造および販売等を業とする株式会社です。同種事業を行っていた昭和44年設立の同名の株式会社(旧サンキ)の経営再建のため、仲介会社の協力のもと、令和5年3月31日に旧サンキの事業を承継しました(本件事業承継)。事業承継に伴い、被告は、旧サンキの全従業員との間の労働契約を従前の労働条件で承継しました。
原告になったのは、旧サンキに入社した後、本件事業承継を経て被告の従業員となった方です。被告を退職した後、退職金の支払を求める訴えを提起したのが本件です。
本件の被告は就業規則〔2〕の退職金不支給規定に基づいて、競業禁止等に関する誓約書を提出しない原告に対して退職金を支給しませんでした。
これに対し、原告は、被告における有効な就業規則は、退職金不支給条項のない就業規則〔1〕であり、就業規則〔2〕は周知されていないと反論しました。
裁判所は、次のとおり述べて、就業規則〔2〕の周知性を否定しました。
(裁判所の判断)
「被告は、退職金を支給しない場合についての定めのある本件就業規則〔2〕が旧サンキにおいて周知されていた旨主張する。」
「しかし、被告は、本件就業規則〔2〕がいつどのように旧サンキにおいて周知されたかを具体的に主張しないところ、本件就業規則〔2〕が旧サンキにおいて周知されていたことを的確に裏付ける証拠は見当たらない。かえって、本件事業承継時の旧サンキの代表者であったcは、旧サンキの就業規則は本件就業規則〔1〕であり、本件就業規則〔2〕に改訂した事実はない旨記載した陳述書を提出しており(甲5)、また、令和元年に入社したdは、旧サンキ時代を含め、在職中に被告の就業規則を見たことはなく、就業規則がどこに保管されているかも知らなかったと述べている(証人d)。」
「この点、被告は、本件事業承継時、旧サンキが仲介会社に対して旧サンキで適用されている就業規則として本件就業規則〔2〕を開示した事実が被告主張を裏付ける旨主張するが、そのような経過があったとしても、旧サンキの認識を裏付けるにとどまり、そのことによって、本件就業規則〔2〕が旧サンキにおいて周知されていた事実までもが推認されるわけではない。」
「以上によれば、本件就業規則〔2〕が旧サンキ及び被告において周知されていたと認めることはできない。」
「そうすると、不支給事由の有無・・・について検討するまでもなく、就業規則の定めに基づき退職金を支給しない旨の被告の主張は理由がない。」
※ 証人d=旧サンキ従業員
3.存外人証も軽視できない
供述や証言は事後的に作ることができるため、あまり固い証拠とは理解されていません。
しかし、本件は旧サンキの代表者の陳述書や旧サンキ従業員の証言に基づいて周知性を否定しました。被告側で就業規則周知の経緯を具体的に明らかにできなかったことを前提とする判断ではあるものの、就業規則の周知性にあたり、存外人証が効力を発揮する場合があることを示しているといえます。
裁判所の判断は、就業規則の周知性を争う事案に取組むにあたり、実務上参考になります。
