特定の労働者を退職させる意図のもとでの就業規則における定年制の新設が無効とされた例

1.定年制の導入

 高年齢者雇用安定法は、次のとおり規定しています。

「事業主がその雇用する労働者の定年(以下単に『定年』という。)の定めをする場合には、当該定年は、六十歳を下回ることができない。ただし、当該事業主が雇用する労働者のうち、高年齢者が従事することが困難であると認められる業務として厚生労働省令で定める業務に従事している労働者については、この限りでない。」(8条)

「定年(六十五歳未満のものに限る。以下この条において同じ。)の定めをしている事業主は、その雇用する高年齢者の六十五歳までの安定した雇用を確保するため、次の各号に掲げる措置(以下『高年齢者雇用確保措置』という。)のいずれかを講じなければならない。

一 当該定年の引上げ

二 継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度をいう。以下同じ。)の導入

三 当該定年の定めの廃止」(9条1項)

 「定年制の廃止」という言葉からも分かるとおり、定年制を設けること自体は義務ではありません。そのため、定年制のない会社も一定数存在します。

 近時公刊された判例集に、定年制のない会社における定年制の新設の効力が問題となった裁判例が掲載されていました。東京地判令8.1.28労働判例ジャーナル172-44 スコットプランニング事件です。

2.スコットプランニング事件

 本件で被告になったのは、真空ポンプの販売・修理等を行う有限会社です。

 原告になったのは、被告に入社した後、三郷市にある工場兼事務所で就労していた方です。定年制の新設により定年退職とされたことを受け、その無効を主張し、地位確認等を請求する訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は、就業規則による労働条件の不利益「変更」についてのルールである労働契約法10条を類推適用したうえ、次のとおり述べて、定年制新設の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「新設の就業規則中の不利益変更に当たる労働条件が雇用契約の内容となるには、就業規則の新設が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更(新設)に係る事情に照らして合理的なものであることが必要となる(労働契約法10条本文)。」

「前記認定のとおり、本件就業規則における定年制は、定年年齢を65歳(施行時に同年齢を超えている者は68歳)とし、定年年齢に達した直後の賃金締切日をもって定年退職とするというものであり、これと併せて、定年後は最長で70歳直後の賃金締切日まで1年ごとに嘱託社員として再雇用することがあるとされている・・・。」

「定年制は、一般的にみれば、人事の刷新・経営の改善など企業の組織及び運営の適正化のために行われるものであって、現在の社会情勢の下でも、不合理な制度ということはできない。定年年齢を原則として65歳としている点についても、それ自体は、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律において、定年年齢の下限が60歳とされ、65歳未満の定年年齢を定めている事業主に対して65歳までの高年齢者雇用確保措置を講ずることが義務付けられていること(同法8条、9条)に照らして、合理的な内容といえる(なお、原告らは、同法は定年制の廃止を求めた上で最低基準を示したものであって定年制を新設する場合の基準にはならないと主張するが、個別の定年制が同法に適合していることは、その合理性を基礎付ける事情となるといえる。)。また、本件就業規則では定年後の再雇用の余地が残されており、労働者の受ける不利益は一定程度緩和されている。」

「しかしながら、原告らについてみると、本件就業規則の施行時に原告P1は67歳、原告P2は65歳であって、本件就業規則が施行されれば、原告P1はわずか4か月で定年退職となり、原告P2は2年7か月で定年退職となる状況にあった・・・。このように、定年退職となる時期が差し迫っていたことを踏まえると、本件就業規則における定年制によって、原告らの受ける不利益は非常に大きいといえる。」

(中略)

「原告らは、本件就業規則の新設は、原告らに対する報復・意趣返しとして原告らを実質的に解雇することと、大阪営業所で新たに雇う従業員の給与を賄うために原告らやこれに続く高齢者を解雇することを目的とするものであるなどと主張する。これに対して、被告らは、被告P3は、平成29年12月頃、労働基準法上の就業規則作成義務が生じていること等を顧問税理士から指摘され、社会保険労務士の紹介を受けて、就業規則を作成することにし、平成30年1月から社会保険労務士と打合せを重ねて就業規則の案文を作成し,その中で、従業員が高齢化し、次の世代への継承が不可欠である一方で、急速な若返りは困難であること等を考慮し、定年年齢を一般的な60歳ではなく65歳(施行時に65歳以上の者は68歳)に伸ばした上で、希望者には70歳までの再雇用の道を作ることにしたのであって、本件就業規則の新設の目的は適正であるなどと主張する。」

「前記認定のとおり、原告P1は、平成29年6月頃から、被告P3に対し、取引先との取引に関する被告P3の指示が誤っているなどと指摘し、他の従業員にもその旨を伝えることがあり、被告P3は、同年12月27日、原告P1に対し、被告会社の従業員に対して被告P3が誤った連絡や指示をしているように伝えることは慎むようになどと伝えたものであり・・・、この頃には原告P1と被告P3との関係が悪化していたと認められる。その後、被告会社は平成30年1月頃に原告P1をサービス部に異動させ、被告P3は同年2月には原告P1に対して給与減額を求めて原告P1が自ら給与減額を申し出る体裁の書面を提出させており・・・、原告P1の待遇が引き下げられている。当時の原告P1と被告P3との関係がこのような状況になっていたことに加えて、本件就業規則が施行されれば原告P1はわずか4か月で定年退職となること・・・、それにもかかわらず施行時に65歳以上の者の定年年齢が68歳とされたことを考慮すると、被告P3は、就業規則の新設を契機として定年制を設けることによって、原告P1を退職させる意図を有していたものと推認される。」

(中略)

「労使交渉の状況をみると、前記認定のとおり、

〔1〕被告P3は、平成30年3月16日、各従業員に対し、新設の就業規則及び給与規程の案文を示して同月26日に発効する旨を通知し、この際に従業員の意見聴取における過半数代表者の候補としてP8を指名し、その可否を同月19日までに回答するように求めるとともに、意見及び質問の提出期限を同月22日と設定し、

〔2〕P8は、同月19日、従業員11人中7人の同意により過半数代表者に選出され、

〔3〕原告P2は、同月22日、被告P3に対し、十分な熟慮期間が必要であるため意見及び質問の提出期間の伸長を求める旨を伝え、これに対して、被告P3は、同月23日、原告P2に対し、疑義があれば施行後でも修正することも考慮しているとして、原告P2が過半数代表者であるP8との間で意見交換をして意見書への記載を依頼することでよいのではないかなどと回答した上で、P8らに対し、原告P2とP8との間で相談してほしい旨を伝え、

〔4〕原告P2は、同日、P8に対し、一部の従業員から期間の伸長を求める意見があった旨を意見書に記載してほしい旨の要望を伝えたが、P8は、同日、被告会社に対し、『意見交換を行った上で、異議ございません。』とのみ記載した意見書を提出したものである・・・。」

「使用者は就業規則の作成について労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならず(労働基準法90条)、この過半数代表者の選出に当たって使用者が選出過程の全部又は一部に関与する方法によることは不適切であると解される(平成30年厚生労働省令第112号による改正後の労働基準法施行規則6条の2第1項2号(平成31年4月1日施行)参照)が、前記のとおり、本件就業規則の新設に当たっては、被告P3が過半数代表者の候補としてP8を指名して選出過程に関与しており、過半数代表者が適切に選出されていない。また、前記のとおり、各従業員が就業規則等の案文を示されてから意見等の提出期限までの期間は6日間と比較的短期間である。」

「以上のとおり、本件就業規則における定年制の新設は、原告らについてみると、原告らの受ける不利益が非常に大きいといえ、被告P3が原告P1を退職させる意図を有していたものと推認され、労使交渉に不適切なところがあるものであるから、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更(新設)に係る事情に照らして合理的なものであるとはいえない。」

(中略)

「以上によれば、本件就業規則における定年制は、労働契約法10条所定の要件を欠き、原告らと被告会社との間の雇用契約の内容とはならないから、本件就業規則によって原告らが定年退職したとは認められない。」

3.特定の労働者を退職させる意図のもとでの定年制新設

 本件で特徴的なのは、

「就業規則の新設を契機として定年制を設けることによって、原告P1を退職させる意図を有していた」

ことが認定(推認)されている部分です。

 定年制は多くの会社に普及しています。このような状況のもと、敢えて定年制を設けていなかった会社が急に定年制を導入するにあたっては、何等かのイレギュラーな意図が働いている可能性があります。

 裁判所の判断は、そうした不適切な意図の立証との関係で、実務上参考になります。