1.私傷病休暇・私傷病休職扱いされていた傷病が公務災害とされた場合
労働者災害補償保険法の公務員版に、
国家公務員災害補償法
地方公務員災害補償法
があります。これは公務上の災害に対する補償を行ってゆくための法律です。
一般論として、精神疾患の発症が労働災害として認められるためのハードルは、低くありません。これは公務災害の場合も同じです。
精神疾患の発症が公務災害と認められるのか否かは判断自体が困難なこともあり、行政不服申立や取消訴訟の提起を併せると、かなりの年月を要することが少なくありません。そのため、救済が得られた頃には、派生する問題が是正されにくいという問題がありました。
その典型が給与の取扱いです。
公務員は、
私傷病欠勤・私傷病休暇・私傷病休職で長期間休んだ場合と、
公務災害により長期間休んだ場合と
で昇級幅に差異が設けられていることがあります。
行政不服申立や取消訴訟の判決で私傷病扱いされていた傷病に公務起因性があることが認められると、その判断は処分行政庁その他の関係行政庁を拘束します(行政不服審査法52条、行政事件訴訟法33条)。
しかし、国家公務員の給与は5年の(会計法30条)、地方公務員の給与は3年の消滅時効にかかります(労働基準法第115条、労働基準法附則143条3項、地方公務員法58条3項が左記条文を適用除外としていないこと参照)。
行政不服申立あy取消訴訟での勝訴判決が確定した時には3年、5年といった期間が経過していることがあり、その場合、公務災害であれば認められたはずの昇級幅に是正することができるのかといった問題があります。
近時公刊された判例集に、消滅時効にかかっていることを理由として人事委員会から再検討を求められるまで給与の是正をしなかったことが、国家賠償法上違法だと判示された裁判例が掲載されていました。青森地判令8.2.27労働判例ジャーナル172-38 青森市事件です。
2.青森市事件
本件で被告になったのは、青森市です。
原告になったのは、青森市職員の方です。
この方は、平成26年1月、職務中に気分が悪くなるなどして意識を失いました(本件災害)。救急搬送や入院を経た後、同年2月に職場起因の適応障害の可能性があるとの診断を受けました。
結局、同年3月31日までの間、病気休暇を使って休みましたが、これが私傷病のための休暇として扱われた結果、
平成26年4月の昇級が、
公傷(公務上の災害)と扱われた場合に比して低く決定されました。
その後、原告の方は、本件災害の公務外認定処分の効力を争いました。結果、行政不服申立段階で公務外認定処分は取消されたのですが、改めて公務災害認定処分がされたのは、平成29年3月23日になってからでした。
当時の賃金の時効が2年であったことから、青森市は平成26年4月昇級の昇級幅の是正をしませんでした。人事委員会から再検討を指示された結果、最終的に昇級幅の是正は行われたのですが、その時には令和6年6月12日になっていました。
本件の原告は幾つかの請求をしていますが、その中の一つに、この昇級幅の是正が遅れたことによる慰謝料請求がありました。
これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、被告に対し、慰謝料5万円の支払を命じました。
(裁判所の判断)
「原告は、本件災害に伴い、平成26年1月14日から同年3月31日まで本件病休を取得したところ、本件病休が私傷病のための休暇と扱われたため(この時点では、本件公務災害認定請求がされていなかったから、当時の扱いとしては問題がない。)、平成26年4月昇給は、私傷病のための休職を理由とする定期昇給2号給及び同月1日に復職見込みであったことを理由とする復職時調整1号給の合計3号給昇給とされた(本件病休が病休(公傷)と扱われた場合は4号給の昇給とすべきことになる。)。その後、原告は、平成26年5月、本件公務災害認定請求をしたが、平成27年12月、本件公務外認定処分を受けたため、これを不服として審査請求をし、平成29年2月28日、本件公務外認定処分が取り消され(本件裁決)、同年3月23日付けで本件公務災害認定処分がされ、被告は、その頃、本件公務災害認定処分がされた事実を知った(地方公務員災害補償法45条3項参照)。・・・」
「この点、審査請求を認容する裁決は、『関係行政庁を拘束する』ところ(行政不服審査法52条1項)、ここでいう関係行政庁は、裁決により取り消された処分に関係して何らかの処理権限を持つ行政庁を含むと解されることに鑑みると、原告の任命権者(青森市長等)もこれに当たり、本件裁決の趣旨に従った行動(不整合処分等の取消しを含む。)を義務付けられると解するのが相当である。しかるところ、平成26年4月昇給は、本件病休を私傷病のための休暇と扱うことを前提としており、その後に本件公務災害認定処分がされたことに伴い、遡って本件裁決の趣旨及び本件公務災害認定処分に整合しない内容となったから、被告は、速やかに平成26年4月昇給を本件公務災害認定処分に適合するよう是正すべき義務を負ったというべきである。その上で、以後の経過をみると、被告は、平成29年12月19日、原告から本件病休が私傷病と扱われたことによる期末勤勉手当の差額の支払を求められ、同月28日付けで期末勤勉手当の差額を支払う旨を回答したが、平成26年4月昇給については是正せず、前件訴訟を経て、令和5年6月に原告から本件病休に関わる昇給の取扱いについて照会されたが、昇給修正請求権が消滅時効したなどとして平成26年4月昇給を是正せず、令和6年1月に青森県人事委員会から再検討を求められたことを受け、同年6月12日付けで平成26年4月昇給を4号給昇給に是正した・・・。以上の経過を踏まえると、被告は、平成29年12月に原告から期末勤勉手当の差額の支払を求められ、その支払に応じる旨を回答した段階で、本件病休に関連する平成26年4月昇給を是正する必要についても認識することが現実的に可能であったと認められるから、遅くとも翌月(平成30年1月)以降、平成29年4月昇給を本件公務災害認定処分に整合するよう是正すべき職務上の法的義務を原告に対し負ったと認められ、以後、令和6年6月12日に至るまでこれを是正しなかったことは、国賠法1条1項の適用上、違法の評価を免れないというべきである。」
(中略)
「平成26年4月昇給が令和6年6月に至るまで是正されなかったことに伴う原告の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては、5万円をもって相当と認める。」
3.時効消滅していても是正される
本件で注目されるのは、
時効消滅しているとの青森市側の主張に対し、人事委員会が再検討を指示していることと、
長期間に渡る放置に国家賠償法上の違法性が認められており、結果的に是正されたにもかかわらず、(低額とはいえ)慰謝料まで認められていること
です。
公務起因性をめぐる事件は長期化することが多く、裁判所の判断は、関係行政庁がとるべき事後措置との関係で実務上参考になります。
