有期労働契約の更新時における労働条件の不利益変更で、就業規則の合理性が否定された例

1.就業規則の合理性

 労働契約法7条本文は、

「労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする」

と規定しています。

 この条文に書かれているとおり、①合理性、②周知の二つの要件のもと、就業規則の内容は労働条件(労働契約)の中に組入れられます。

 しかし、労働条件の不利益変更の場面で要求される合理性(労働契約法10条の合理性)とは異なり、契約締結時の就業規則に求められる合理性は、極めて緩やかに認められます。よほどおかしなことが書かれていない限り、基本的には合理性はあるものと理解されます。あまりにも緩やかに認められ、要件としての体を為していないことから、労働契約法7条の合理性要件に関しては、形骸化していると説もあります。

 例えば、大内伸哉『労働法実務講義』〔日本法令、第4版、令6〕53頁には、次のとおり書かれています。

「労契法7条でいう合理性については,その内容は,同法10条とはちがい,どのような要素にもとづき判断するかは明示されていません。過去の裁判例にてらしても,この要件は実質的には形骸化しています

「採用時点では,労働者は労働契約を締結するかどうかを選択できるので,あえてその労働契約を締結している以上,その内容について,あらためて契約内容を合理性の観点から審査する必要はないと解されていたからでしょう。労契法10条の合理性は,すでに適用されてきた労働条件の企業からの一方的な不利益変更の要件であり,契約法理の例外として,厳格な審査が要請されることとは対照的です。

 このように労働契約の締結時における就業規則の合理性が緩やかに認められることが利用され、有期労働契約の労働者の労働条件の切り下げが試みられることがあります。更新のタイミングで従前よりも労働条件を不利益に変更した就業規則を示したうえ、労働契約の締結を迫るやり方です。

 こうしたやり方に対しては、従前、雇止め法理によるアプローチが行われてきました。雇止め法理とは、契約の更新に向けた合理的期待がある場合や、実質的に無期労働契約だといえるような場合に、契約の更新を拒絶するには客観的合理性や社会通念上の相当性が必要になるというルールです。雇止め法理によって更新される労働契約は従前の労働契約と同一のものになります(労働契約法19条)。労働条件の変更を契約の更新拒絶と理解したうえ、雇止め法理により、変更前の労働条件と同じ内容での契約の更新を主張して行くというやり方です。

 しかし、近時公刊された判例集に、有期労働契約の更新時における労働条件の不利益変更を労働契約法7条の問題と理解したうえ、就業規則の合理性を否定した裁判例が掲載されていました。札幌地判令8.3.25労働判例ジャーナル172-26 北海総合物流事件です。

2.北海総合物流事件

 本件で被告になったのは、牛乳の集荷事業、一般貨物の輸送事業等を営む株式会社です。

 原告になったのは、

遅くとも平成28年4月1日までに被告に雇用され、1年ごとの有期契約を更新し、令和5年11月16日に退職した方(原告a)、

遅くとも平成29年12月1日までに被告に雇用され、1年ごとの有期労働契約を更新し、令和5年7月31日に退職した方(原告b)

の二名です。いずれの方もd営業所に配属され、トレーラー運転手として牛乳を輸送する業務に従事していました。

 本件は原告らが未払割増賃金(いわゆる残業代)や安全配慮義務違反を理由とする損害賠償、違法に控除された未払賃金等の支払を求めて訴えを提起した事件です。

 未払割増賃金との関係では、固定残業代の導入による労働条件の不利益変更の効力が問題になりました。

 具体的に言うと、原告らは、

「被告では、平成31年3月以前は、歩合として売上の15パーセント、旅費日当として月額3万円が支給されていた。しかし、同年4月以降は、新たに固定残業代が導入され、歩合のうち売上の3パーセントが評価給、12パーセントが時間外手当Aに振り分けられ、旅費日当の月額3万円も時間外手当Bに位置付けられるという不利益変更が行われた。」

「このような不利益変更は不合理であり、就業規則の周知もされていないため、労働契約法10条(類推適用)の要件を満たしていない。このことは仮に同法7条の問題としてとらえた場合であっても同様であり、合理性の審査において不利益変更の必要性や相当性が考慮されるべきである。」

と主張し、固定残業代の導入は無効だと主張しました。

 これに対し、被告は、

「就業規則の変更が問題になるとしても、原告らは有期契約を更新していたのであるから、労働契約法7条により就業規則の労働条件が労働契約の内容となる。」

と反論しました。

 このような状況のもと、裁判所は、次のとおり述べて、労働契約法7条の合理性を否定しました。結論としても固定残業代の導入の効力は否定されています。

(裁判所の判断)

「認定事実・・・のとおり、遅くとも平成31年4月以降の就業規則及び賃金規程では固定残業代が導入されているところ、前提事実・・・のとおり、原告らは1年ごとに有期契約を更新しているから、労働契約法7条により原告らの労働条件が変更されたといえるかが問題となる。」

「労働契約法7条は『労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。』と規定しており、本件のように有期契約を更新する場合も『労働契約を締結する場合』に当たるが、『合理的な労働条件』の判断においては、反復更新されて継続してきた従前の労働条件との比較を考慮することができると解される。

本件についてみると、原告aは少なくとも平成28年4月から平成31年3月までの3年間、原告bも少なくとも平成29年12月から平成31年3月までの1年4か月間にわたり、従前の固定残業代のない労働条件で就労しており、このことは合理性の判断において考慮する必要がある。

しかるに、平成31年3月以前と同年4月以降の労働条件を比較すると、前者では歩合として売上の15パーセント、旅費日当として月額3万円が通常の賃金として支給されていたのに、後者では固定残業代が導入されて歩合のうち売上の3パーセントが評価給、12パーセントが時間外手当Aに振り分けられ、旅費日当の月額3万円も時間外手当Bに位置付けられたのであり、このように通常の賃金が大幅に減額されているにもかかわらず、激変緩和のための経過措置がないことからしても、労働者への不利益はあまりにも大きく、同年4月以降の労働条件が合理的なものであるとは認められない。

前記・・・のとおり、この時期にd営業所で就業規則が周知されていたとは認め難いことからしても、労働契約法7条により労働条件が変更されたという被告の主張は採用することができない。

3.働きながら争う道が開かれた

 労働契約法7条の合理性を問題にする法律構成も、従前の労働契約を基礎に置いているところは雇止め法理と共通します。

 しかし、雇止め法理で労働条件の不利益変更を争ってゆく場合、契約の更新時に紛争を顕在化することになります。

使用者の側は労働条件の切り下げによる更新を主張し、

労働者の側は従前の労働条件のもとでの契約の更新を主張した場合、

使用者は労働条件で折り合えなかったという理解のもと、契約の終了を主張し、労働者側の労務提供を拒絶します。

 このように、雇止め構成では、働きながら争うということが非常に困難です。

 労働契約法7条構成のメリットは、一旦合意した後であっても、「合理性がなかった」として問題を蒸し返して行けることにあります。本件でも令和6年になってから、平成31年4月の労働条件(就業規則)の不利益変更の問題が争われています(本件の事件番号:令和6年(ワ)第997号)。

 裁判所の判断は、有期労働契約の更新のタイミングでの労働条件の不利益変更に対抗して行くにあたり、新たな法律構成の可能性を拓くものとして、実務上参考になります。