1.パワーハラスメントの慰謝料
このブログで何度も取り上げてきたとおり、本邦の裁判所は精神的な苦痛に対する慰謝料を極めて謙抑的に判断する傾向があります。かなり酷いハラスメントが行われていても、少額の慰謝料に留まる例が少なくありません。
このような傾向の中、近時公刊された判例集に、追い出し部屋類型のパワハラで100万円と比較的高額の慰謝料が認定された裁判例が掲載されていました。東京高判令8.1.22労働判例ジャーナル171-42 あおぞら銀行事件です。
2.あおぞら銀行事件
本件で被告(被控訴人)となったのは銀行です。
原告(控訴人)になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、FP業務に従事していた方です。懲戒処分の効力、降格の効力、賃金減額等の効力を争って未払賃金の支払を求めたり、人事部付に配置転換し、応接室に隔離し、レポート作成以外の業務を与えなかったこと等を理由として損害賠償を求めたりしました。
原審が原告の請求を却下ないし棄却したことを受け、原告側が控訴したのが本件です。
控訴審裁判所は原審の判断を変更し、原告の請求を一定の範囲で認めました。その中でも目を引くのは、人事部付への配転の不法行為該当性についての判示です。
裁判所は、次のとおり述べて、100万円の慰謝料を認定しました。
(裁判所の判断)
「控訴人と被控訴人銀行との間の労働契約には、職種等の限定があったとは認められないから・・・、配置転換やそれに伴う職務の変更は、被控訴人銀行に広範な裁量が認められるものである。」
「被控訴人銀行は、本件配置転換当時、控訴人には懲戒事由〔1〕ないし〔10〕の各事実が認められ、組織として業務を行う部署に配置した場合には、部下、同僚及び上司を執拗に非難し、職務上の命令に不当に反抗する可能性が高く、適正な業務遂行の確保及び従業員への安全配慮の観点から、控訴人を人事部附に配置転換する業務上・組織上の必要性があると判断して、本件配置転換をしたものと認められる・・・。そして、控訴人は、本件配置転換後も、P8担当部長から作成を指示された令和3年度ないし令和5年度のMBOシート及びキャリアプランシートについて、目標を記載しないものを提出したり、異議申立書を提出するなどしていたことから・・・、未だ改善の余地が大きいものとして、令和6年6月30日までの間、人事部附に留め置いたものと認められる・・・。」
「ところで、労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律30条3項の規定に基づいて定められた指針(事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号))では、『職場におけるパワーハラスメントは、職場において行われる〔1〕優越的な関係を背景とした言動であって、〔2〕業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、〔3〕労働者の就業環境が害されるものであり、〔1〕から〔3〕までの要素を全て満たすものをいう。』とされ、ここでいう『労働者の就業環境が害される』とは、『当該言動により労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指す。』のものであり、この判断に当たっては、『平均的な労働者の感じ方』、すなわち、同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうかを基準とすることが適当であるとされている。そして、職場におけるパワーハラスメントの代表的な言動の類型として、
〔1〕人間関係からの切離し(隔離・仲間外し・無視)のうち、『該当すると考えられる例』として、『自身の意に沿わない労働者に対して、仕事を外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修させたりすること。』が、
〔2〕過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)のうち、『該当すると考えられる例』として、『管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせること。』が
挙げられている。」
「これを本件についてみるに、控訴人の執務スペースは、もともと応接室であった部屋を控訴人1名のみが使用することとしたものであって、執務に必要な備品等は整備され、他の行員が執務するスペースに出入りすることは禁じられておらず、控訴人の窓口となる担当者としてP8担当部長が配置され、控訴人が週3日出社した際には、対面で30分から1時間の面談をしていたとの各事実が認められるとしても・・・、控訴人が、業務中に他の行員と連絡を取り合ったり、打合せをしたりすることは事実上不可能であったといえ、控訴人は、3年3か月間もの長期間にわたり、一人で別室に隔離され、控訴人銀行において、人間関係から切り離されていたものである。被控訴人銀行の控訴人に対するこのような対応は、社会一般の労働者が、精神的苦痛を与えられ、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じていたと感じるようなものであったと認めざるを得ない。」
「また、控訴人は、人事部附となった後、MBOシートやキャリアシートをP8担当部長の指示通りに提出しなかったことは認められるものの、当時、控訴人に与えられていた業務に照らせば、控訴人が、主体的に個別目標を作成すること自体困難であるし、与えられた業務であるレポート作成自体は、期日までに完成させており、その内容も各部署で活用される程度のものであったというのであるから・・・、上記MBOシートやキャリアシートの不提出をもって、控訴人が上司の指示に従わず、改善の余地が大きいとして、3年3か月間もの長期間にわたって、一人部屋に隔離をしなければならない合理的な理由であるとまでは認められない。」
「控訴人に与えられたレポート作成の業務についてみても、控訴人が作成したレポートが被控訴人銀行内で一定程度活用されていた事実は窺えるものの、そのテーマは、控訴人がこれまで業務で養ってきた能力、知識、経験等とは無関係なものがほとんどであり・・・、一人で応接室に隔離されていた事実とも相まって、社会一般の労働者の感じ方からすれば、退職に追い込むために誰でも遂行可能な業務を与えられたことにより、精神的苦痛を与えられ、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じていたというべきである。」
「以上によれば、本件配置転換により、控訴人を3年3か月間もの間、人事部附として、応接室に隔離し、レポート作成以外の業務を与えなかったことは、パワーハラスメントに該当し、控訴人の人格権を侵害するものとして、不法行為に該当するというべきである。」
「そして、これらの対応は、被控訴人銀行が、組織として決定したものというべきであり、被控訴人元代表者、被控訴人P5及び被控訴人P4が、控訴人に対して、パワーハラスメントに該当するような具体的な言動を何ら行っていない以上、これによって控訴人が被った精神的損害に対する損害賠償責任は被控訴人銀行が負うものと認めるのが相当である。」
「控訴人が被った精神的損害に対する慰謝料額は、その態様、期間等に加えて、控訴人が、労働局に対して、一人で隔離されて執務をさせられている状況について相談し、被控訴人銀行に対して、『職場におけるパワーハラスメントに係る相談に対し、事実関係の迅速かつ正確な確認を行っていない』との指導がされたこと、不眠や不安感等の症状が継続して令和5年7月26日以来、通院加療を受けていること・・・等の事情も併せ考慮すれば100万円が相当であり、これと相当因果関係のある弁護士費用は10万円であると認められる。」
3.高いとはいっても100万円
以上のとおり、裁判所は100万円と比較的高額の慰謝料を認めました。
ロケット花火での狙撃や投石ほか多数の加害行為が行われた事案で認められた慰謝料が100万円であることを考えると、物理的暴力が伴っていない事案としては比較的高額の部類に属するように思います。
ただ、相対的には高額とはいえるものの、3年3か月も隔離され、不眠や不安感等の症状で通院過料を受ける状態にまで追い込まれながら100万円であることを考えると、やはりパワハラの慰謝料の絶対額は低すぎると言わざるを得ません。
裁判所には、精神的苦痛の金銭評価の在り方を、より積極的な方向へと見直して行くべきではないかと思います。
