1.ハラスメントの慰謝料は低すぎるのではないか
過去にも触れてきましたが、本邦の裁判所は慰謝料に対して極めて謙抑的です。かなり酷いことがされていても、高額の慰謝料が認定されることはあまりありません。
特に暴言に対する扱いは冷淡で、
「殴っていい?」「ぶち殺すぞ、お前。」
といった脅迫罪(刑法222条)に該当するとすら思われる行為に対しても、認定された慰謝料は僅か30万円に留まります。
パワハラの慰謝料-「殴っていい?」「ぶち殺すぞお前。」などの暴言の慰謝料が30万円とされた例 – 弁護士 師子角允彬のブログ
また、
「彼氏と遊んでセックスばかりしやがって」
といった紛うことなきセクハラ発言に対しても、認められた慰謝料は10万円に留まります。
競輪の師匠によるセクハラ発言「彼氏と遊んでセックスばかりしやがって」の慰謝料が僅か10万円とされた例 – 弁護士 師子角允彬のブログ
近時公刊された判例集にも、これらと同様、慰謝料額が低すぎるのではないかと思われる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、大阪地判令8.2.24労働判例ジャーナル171-56 High place事件です。
2.High place事件
本件で被告になったのは、
インターネットによる通信販売業等を事業内容とする株式会社(被告会社)、
被告会社の代表取締役社長(被告B)
の2名です。
原告になったのは、 被告Bから雇用された後、被告会社から雇用された方です。
被告会社に対して割増賃金ほか未払賃金等を請求するとともに、被告Bによる侮辱行為や被告会社による賃金減額・遅配・社会保険未加入等を理由として損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。
原告が問題にした被告Bによる侮辱行為は多岐に渡りますが、その中の一つに「豚」との呼びかけを反復して行ったことがありました。
これについて、裁判所は、次のとおり述べて不法行為の成立を肯定したうえ、5万円の慰謝料を認定しました。
(裁判所の判断)
「被告Bは、令和3年9月5日、原告に対し、カカオトークで『豚はいつもむかつく』と送信し、原告は『なぜですか?』と返答した。また、被告Bは、同年10月5日、原告に対し、『おまえと一緒にいるからおれも太ったわ。明日から食べない。一緒に指をさされるわ。精神力の問題だ。太るのは簡単。』と送信し、原告が『そうですね』と返答したのに対し、『おまえ やせろ。見苦しい』と送信した。また、原告の友人は、令和4年2月21日頃、原告に対し、カカオトークで、『あなたに豚豚言うのが、私が横で正直気分が良くないんだ。』と送信した。」
(中略)
「被告Bは、令和3年9月及び同年10月に、原告に対し、カカオトークで、原告を『豚』としてメッセージを送信し、令和4年2月頃には、原告の友人の面前で、原告に対し、『豚』、『豚』と繰り返し発言している・・・。これは、冗談の域を超えた原告に対する侮辱というべきであって、不法行為を構成するものというべきである。」
「なお、原告は、行為〔2〕、行為〔3〕及び行為〔4〕(『豚』関係の行為 括弧内筆者)が、被告Bが被告会社の代表者として、その職務を行うにつきなされた行為である旨を主張するが、その発言内容・発言態様に照らすと、上記主張を容れることはできない。」
(中略)
「被告Bが、原告に対し、『豚』との呼びかけを反復して行い、カカオトークだけではなく、原告の友人の面前でも行われたことに照らすと、原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は5万円が相当であり、これに関する弁護士費用は1万円が相当である。」
3.パワーハラスメントへの該当性は否定されているが・・・
どのような趣旨かは不分明ですが、裁判所は、
「原告は、行為〔1〕から行為〔4〕までが、パワーハラスメントに該当する旨を主張する。しかしながら、行為〔1〕から行為〔4〕までのメッセージの内容等に照らすと、被告Bがその優越的地位を利用して、業務上必要かつ相当な範囲を超え、原告の就業環境を害するパワーハラスメントに該当するとはいえない。」
と判示しています。そのため、裁判所が認定した慰謝料は厳密にはハラスメントの慰謝料とは言えないかも知れません。
しかし、パワーハラスメントへの該当性が否定されているのは、おそらく業務関連性が否定されていることに原因があり、必要性や相当性が認められたからではありません。そのため、パワーハラスメントではなかったとしても、そのことが慰謝料額の認定に与えている影響はそれほど大きくないように思います。
裁判所は「豚」との呼びかけを反復して行うなどしたことによる慰謝料を5万円と認定しました。人間に対して「豚」と呼びかけるのは、どのような了見かと疑いたくなります。また、5万円やるから、反復して豚と呼ばせろと言われても、それに了承する人は殆どいないのではないかとも思います。
被害回復という観点からも、暴言やハラスメントの抑制という観点からも、やはり裁判所の慰謝料に対する姿勢は謙抑的に過ぎるのではないかと思います。相場水準の引き上げが望まれます。
