1.パワハラを申告されたことへの報復的な内部告発
労働施策総合推進法30条の2は、次のとおり規定しています。
「第三十条の二 事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
2 事業主は、労働者が前項の相談を行つたこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。」
要するに、事業主は、パワーハラスメントの相談や申告をしたことを理由に、労働者に対して不利益を与えてはならないということです。
この条文は「事業主」を主語にするものですが、パワーハラスメントの行為者が相談・申告をした報復的に被害者に不利益を与えることも、許容されることはありません。
それでは、パワーハラスメントの相談・申告を受けたことに対する反感が内部告発の一因になっているような場合、それは正当な公益通報として保護されるために必要な
「不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的」ではないこと
との要件を充足しないことにはならないのでしょうか?
近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたって参考になる裁判例が掲載されていました。熊本地判令8.2.25労働判例ジャーナル171-24 独立行政法人くまもと県北病院事件です。
2.くまもと県北病院事件
本件で被告になったのは、くまもと県北病院(本件病院)を運営する独立行政法人です。
原告になったのは、被告と雇用契約を締結し、本件病院のc科部長⇒診療部長⇒副院長とキャリアを進めていた方です。被告から諭旨解雇されたことを受け、その効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
本件で諭旨解雇の理由になったのは、
「原告が、平成28年4月18日から令和元年12月17日までの間、他者の電子カルテID及びパスワードを使用して電子カルテシステムを不正に操作し、自ら使用する薬剤を入手するための処方箋を偽造するとともに、向精神薬を含む薬剤を26回にわたり不正に入手したこと」(解雇理由1)
「原告が、他者の処方箋のコピーを不正に入手し、被告の許可なく部外者に漏示したこと」(解雇理由2)
の二点です。
解雇理由2で指摘されている処方箋のコピーは、d医師による処方箋の偽造を警察や厚生局に提供するためでした。
ただ、その背景には、原告がi医師に対して行っていたパワーハラスメントが、d医師によって告発されたことがありました。結果、原告は、副院長兼診療部c科部長から、健康管理センター次長へと更迭されました。
このような経緯があったことから、被告は、
「原告による本件告発は、d医師に対する報復に当たり、他人に損害を加える目的でなされたものといえるから、公益通報に該当しない。」
として、文書の提供は公益通報者保護法による保護の対象にはならないと主張しました。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、解雇理由2を理由とする解雇は許されないと判示しました。
(裁判所の判断)
「原告は、令和3年1月28日、玉東町長に対し、d医師による処方箋偽造等について報告したほか、同年6月18日、玉名警察署長及び九州厚生局に対し、d医師が偽造した処方箋のコピーを提供してd医師による処方箋偽造等を告発したところ(本件告発)、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告の上記行為によって、本件病院の医師が処方箋偽造を行ったことが広く報道され、その結果として被告の信頼が毀損されたといえるから、本件就業規程58条(10)、本件懲戒規程別表18項の懲戒事由に該当するといえる。また、認定事実・・・の本件診療制限がなされた経緯や、認定事実・・・のd医師が被告に対して原告のパワーハラスメントを訴え、これにより、原告は訓告を受け、本件病院の副院長兼診療部c科部長から健康管理センター次長へと更迭されたという経緯、前記・・・のとおり、原告自身も処方箋の偽造行為に及んでいたにもかかわらず、自己の処方箋偽造等については申告をせず、d医師の処方箋偽造等についてのみ申告したことからすると、原告は、d医師に対して反感を抱きながらd医師による処方箋偽造等の告発を行ったことが窺われ、上記告発は、d医師の保有個人情報を自己の不当な利益を図る目的で利用したとして、本件就業規程58条(10)、本件懲戒規程別表21項の懲戒事由に該当し得る。」
「もっとも、原告は、本件告発は公益通報に該当し、これを諭旨解雇の理由とすることは不利益な取扱いに当たり許されない旨主張している。そして、公益通報の要件のうち、通報の主体、通報の内容及び通報先の各要件を満たすことについては当事者間に争いがないため、通報の目的が他人に損害を加える目的その他の不正の目的によるものか否かが争点であり、その立証責任は被告にある。」
「上記・・・で検討した事情からすれば、原告はd医師に対して反感を抱いており、これが本件告発をした理由の一つになっているものと推認される。もっとも、原告は、d医師が、自身に対して、麻薬取締法の規制を受け集中力低下等の副作用を有するエチゾラムを通常の2倍量処方していたにもかかわらず、診察や手術を行っており、このままでは本件病院において重大な医療事故が発生すると考え、被告理事長に相談したが、同人は何らの対応も行わなかったため、上記報告等を行ったと説明しており(d医師自身、本来1回当たり0.5ミリグラム処方しなければならないところを、1回当たり1ミリグラムを処方したこと、副作用が生じる可能性があること自体は認めている)、認定事実・・・のとおり、被告理事長は、d医師による処方箋偽造等の事実を把握しながら、これについて新聞による報道がなされるまで特段の対応をとっていなかったことなどを踏まえれば、原告の上記説明に反して、原告が他人に損害を加える目的その他の不正の目的によって行ったと認めるに足りる証拠はない。」
「以上によれば、解雇理由2を理由として諭旨解雇とすることは公益通報者保護法3条に反し、無効である。」
3.反感が「理由の一つ」程度では目的の正当性は揺るがなかった
以上のとおり、裁判所は、ハラスメント告発者への反感が公益通報の理由の一つになっていることを認めながらも、「不正の目的」があるとはいえないと判示しました。
公益通報の問題は、近時注目されているテーマの一つであり、裁判所の判断は、実務上参考になります。
