「辞めてくれ」「それなら仕方ないですね」-「〇月退職で」「了解」では退職勧奨に応じた退職とはいえないとされた例

1.合意退職

 労働者と使用者とで退職を合意することを合意退職といいます。

 合意退職は契約であって解雇ではありません。したがって、解雇権の行使を厳しく制限する労働契約法16条の適用を受けることはありません。契約として民法上の意思表示理論の適用を受けます。言い換えると、錯誤(民法95条)、詐欺(民法96条1項)、強迫(民法96条1項)といった意思表示の瑕疵がなければ、その効力を否定することができないのが原則です。

 ルール上、解雇よりも合意退職の方が認められやすいため、使用者から強引に合意を迫られたり、言葉尻を捉えられて合意の成立を主張されたりすることは、実務上、しばしば生じています。

 しかし、不本意な合意を迫られやすいことや、外形的事実から直ちに合意の成立を認めると酷な結果となりやすいことは、当然、裁判所も理解しています。そのため、退職の意思は慎重に認定される傾向にあります。近時公刊された判例集にも、そのことが分かる裁判例が掲載されていました。東京地判令7.11.28労働判例ジャーナル171-52 オフィース・T事件です。

2.オフィース・T事件

 本件で被告になったのは、医療法人社団cから医療事務等を受託している、いわゆるメディカル・サービス法人(株式会社)です。

 原告になったのは、被告と期間の定めのない雇用契約を締結し、患者を自動車により送迎する業務等に従事していた方です。被告から解雇されたと主張し、慰謝料等の支払を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の被告も、解雇ではなく、退職勧奨に応じた退職だと主張し、原告の請求を争いました。しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の請求を棄却しました。なお、結論として解雇の効力も否定しています。

(裁判所の判断)

「被告は、原告に対し、解雇日付けで解雇通知書及び解雇理由証明書を交付している(・・・。」

「被告は、前記・・・の解雇通知書及び解雇理由証明書は、原告から形式上解雇の方が助かるとして交付を依頼されたから交付したのであって、原告は、d理事長及び被告代表者の退職勧奨に応じて自主退職した旨主張する。」

「しかしながら、被告の主張によっても、退職勧奨にかかるd理事長と被告代表者の発言は、『辞めてくれ。』、『12月いっぱいで辞めてもらいたい。』というもので、原告に同意を求めたというより一方的に解雇を伝える趣旨と解した方が自然であり、これに対する原告の返答も、『あ、そうですか。』『それなら仕方ないですね。』というもので、積極的に退職に合意したというより、解雇による雇用契約の終了を受入れるという趣旨と解する方が自然である。」

「また、本件メッセージ等のやり取りにおいても、原告は、『12月退職で、以降金銭はトラブルを起こさないと約束』をすることについて『了解』と返したにとどまり、このやり取りからは解雇による退職なのか退職勧奨に応じた退職なのかを読み取ることはできない。」

「さらに、被告は、『退職勧奨』を理由とする離職票を発行したと主張するが、そのような事実を認めるに足りる的確な証拠はない。」

「以上によれば、前記被告の主張は採用することができない。」

3.合意退職否定

 以上のとおり、裁判所は、合意退職の成立を否定しました。

 外形的に承諾しているように見えるかのような事実があったところで、必ずしも合意退職の効力が認められるとは限りません。そのことを示す一例として、裁判所の判断は、実務上参考になります。