1.新型コロナウイルスへの感染防止措置
令和5年5月8日以降、新型コロナウイルスの「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)上の位置づけが変わりました。
これに伴い、対応の在り方も、
「法律に基づき行政が様々な要請・関与をしていく仕組みから、個人の選択を尊重し、国民の皆様の自主的な取組をベースとした対応」
へと切り替えられています。
新型コロナウイルス感染症の5類感染症移行後の対応について|厚生労働省
しかし、法律上の扱いが切り替えられたとしても、新型コロナウイルスが存在することに変わりはなく、患者は観測され続けています。言い換えると、飲食店の労働者は依然として感染の危険に晒されながら働いています。
それでは、感染防止措置が不十分な職場で働いている人が新型コロナウイルスに感染した場合、その責任を店側に問うことはできるのでしょうか? 過失を問うにあたっての注意義務の内実は、どのように理解したら良いのでしょうか?
一昨日、昨日とご紹介している、東京地判令7.3.27労働判例1350-49玉蘭ほか事件は、この問題を考えるにあたっても参考になる判断を示しています。
2.玉蘭ほか事件
本件で被告になったのは、
飲食店の経営等を目的とする株式会社(被告会社)、
被告会社の代表取締役(被告C)
の二名です。
原告になったのは、被告会社の死亡した従業員D(亡D)の遺族です。
亡Dが新型コロナウイルス感染症に罹患して死亡したのは、被告らが安全配慮義務に違反したからであるなどと主張し、損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。
本件の被告らは安全配慮義務に違反したことを争いました。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告らの安全配慮義務違反を認めました。
(裁判所の判断)
「被告会社は、亡Dの雇用主として、亡Dが労務を提供するに際してその生命、身体に危険が及ぶことのないように安全で衛生的な職場環境を確保するとともに、亡Dの労働時間を適切に把握し、亡Dの労働時間が過度に長時間にならないように適切に勤怠管理を行う社会生活上の義務を負っていたというべきである。また、前記・・・及び・・・に認定した事実によれば、本件店舗の運営は専ら被告Cによって行われていたと認められるから、被告Cも被告会社と同様の義務を亡Dに対して負っていたというべきである。」
「前記・・・において認定説示した事実に弁論の全趣旨を総合すると、新型コロナウイルス感染症については、遅くとも我が国において流行が始まった令和2年春にはウイルスへの感染に伴う健康リスクが社会的に広く認識され、法改正により特措法の適用対象とされたこと、同年4月以降、政府によって、新規感染者数の状況や医療機関のひっ迫の度合いを踏まえ、新宿区を含む東京23区は、繰り返し緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の対象地域に指定され、亡Dが本件店舗における勤務を再開した令和3年3月以降においてもその状況に変わりはなかったこと、また令和2年10月に分科会がとりまとめ、公表した『分科会から政府への提言』においては、飲酒を伴う懇親会のリスクが強調され、国民に対して、飲酒に伴う新型コロナウイルス感染のリスクが周知されていたこと、亡Dが体調不良を訴えた令和3年7月11日当時実施されていたまん延防止等重点措置においては、東京都から飲食店に対し、営業時間の短縮や酒類の提供自粛の要請がされていたこと、この頃、東京都における新型コロナウイルスの新規感染者数は増加し、同月12日から東京都を対象地域として緊急事態宣言が発令されることも決められ、同月8日には東京都から酒類を提供する飲食店に対する休業の要請を行うこと等を内容とする緊急事態措置も発表されていたことが認められる。」
「以上の事実を踏まえるならば、被告らは、亡Dを含む本店店舗で勤務する従業員に対する義務として、従業員が本件店舗内において新型コロナウイルスに感染することや感染した従業員が重症化することを極力回避すべく、新型コロナウイルス感染症のまん延状況に応じて本件店舗の営業を自粛したり、あるいは本件店舗の営業を継続するにしても、客数や滞在時間を制限し、換気や消毒・飛沫飛散防止を徹底し、東京都の要請に応じて営業時間を短縮したり、酒類の提供を控えたりする措置を講じること、従業員の勤怠管理を適切に行い、過度に長時間の労働を強いることにならないようにすることが強く求められていたというべきである。」
「前記・・・で認定したとおり、本件店舗は各フロア10人から20人程度の客を収容可能な構造になっており、24時間営業を行っていたところ、繁華街の中に立地していたことから、客の中には他の飲食店から流れてくる客や飲食店の店員もおり、令和3年7月頃には徐々に客足も戻っている状況であった。それにもかかわらず、前記・・・及び・・・認定の事実に弁論の全趣旨を総合すると、被告らは、緊急事態宣言発令中及びまん延防止等重点措置がとられている期間中も営業時間の変更はせずに営業を継続し、酒類の提供も特に制限することなく行ったこと、本件店舗1階の客席と厨房との間はカウンターによって仕切られてはいたが、完全に隔離されていたわけではなかったこと、被告らは、本件店舗の窓やドアを常時開放し、ダクトを運転することによって一定の換気を行い、従業員に対してはマスク着用・手指の消毒を求めるなどしていたが、客に対してはマスク着用や会話を控えるよう要求することはなく、入店する客の人数制限をすることもなく、客同士の間にアクリル板などの仕切りを設置することもせず、会話を制限することもしなかったこと、本件店舗で20人ほどの客が宴会を開くこともあったこと、本件店舗にはタイムカードもシフト表も備え付けられておらず、残業や休日出勤も日常的に行われていたことが認められる。そうすると、被告らが、本件店舗において、従業員の新型コロナウイルス感染回避のために必要とされる措置を十分に講じず、従業員の勤怠管理も適切に行っていなかったことは明らかといわざるを得ず、被告らは亡Dの生命、身体に危険が生じさせないようにする義務を違法に怠っていたものといわざるを得ない。この被告らの行為は亡Dに対する関係で、それぞれ不法行為を構成するというべきであり、共同不法行為として、亡Dに対して連帯して責任を負うべきものと解される。」
「被告らは、本件店舗において感染対策は十分に行われていたと主張するが、現に亡Dの新型コロナウイルス感染とほぼ同時期に他の従業員3名も新型コロナウイルスに感染したのであり、本件店舗において従業員の感染防止に向けた有効な対策は講じられていなかったことは明らかといわなければならず、被告らの上記主張は前記認定を左右しない。」
3.感染症法上の位置付けが変わる前の事案であるが・・・
本件は
「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」
上の位置づけが変更される前の事案です。
法的な位置づけが変わっている以上、注意知務の内容や水準も別異に理解される可能性はあると思います。
それでも、感染・重症化予防義務(安全配慮義務)の内容を具体的に判示しているところは注目に値します。裁判所の判断は、新型コロナウイルスに感染して健康被害を受けた方が、職場に損害賠償を求めて行く場面で、実務上参考になります。
