労働者がリスクのある業務に積極的に従事したことをもって過失相殺することができないとされた例

1.過失相殺

 民法418条は

「債務の不履行又はこれによる損害の発生若しくは拡大に関して債権者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の責任及びその額を定める。」

と規定しています。

 民法722条2項は、

「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。」

と規定しています。

 こうした規定に基づいて、権利者側・被害者側の責任を斟酌して損害賠償額を調整することを「過失相殺」といいます。

 民法418条は安全配慮義務違反など債務不履行を理由とする損害賠償請求で、民法722条2項は不法行為に基づく損害賠償請求で適用されています。

 この過失相殺との関係で、実務上、何が被害者側の「過失」と言えるのかが争われることは少なくありません。あまり些細なことまで取り上げると被害者を保護することができなくなるため、過失相殺事由とまでは言えない落ち度/過失相殺事由を構成する落ち度といったように、落ち度を規範的に評価するという価値判断を伴う難しい考察をしていく必要があるからです。

 そのため、過失相殺事由は実務家の注目を集めているのですが、近時公刊された判例集に、労働者が積極的にリスクのある業務に従事したことをもって過失相殺することを否定した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令7.3.27労働判例1350-49玉蘭ほか事件です。

2.玉蘭ほか事件

 本件で被告になったのは、

飲食店の経営等を目的とする株式会社(被告会社)、

被告会社の代表取締役(被告C)

の二名です。

 原告になったのは、被告会社の死亡した従業員D(亡D)の遺族です。

 亡Dが新型コロナウイルス感染症に罹患して死亡したのは、被告らが安全配慮義務に違反したからであるなどと主張し、損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件の被告は、

「亡Dが、家族を養うための生活費を稼ぎたいからどうしても働かせてほしい旨再三にわたり懇願したため、やむなく要望を受入れて同人の勤務を再開させた。また、亡Dは、勤務を再開した後も、稼ぎたい意向が強く、自ら進んで決められた以上の業務をこなしていた。」

「このように、亡Dは、本件店舗における業務に従事するに際して負う感染リスクを自ら甘受し、勤務を再開させ、家族のための稼ぎを増やすために自らの意思で積極的に業務に従事したのであり、被告らに安全配慮義務違反ないし不法行為が認められるとしても、相応の過失相殺がされるべきである。」

と述べ、過失相殺の適用を主張しました。

 しかし、裁判所は、被告の損害賠償責任を認めたうえ、次のとおり述べて、過失相殺を否定しました。

(裁判所の判断)

「被告らは、令和3年4月に亡Dが本件店舗における勤務を再開するに際して、被告Cがいったんは就業を断ったにもかかわらず、勤務の再開を再三懇願し、本件店舗で勤務するようになったこと、勤務を再開した後も、稼ぎたい意向が強く、自ら進んで決められた以上の業務をこなしていたことを指摘し、亡Dは、本件店舗における業務に従事することに伴って生じる感染リスクを自ら甘受し、勤務したのであり、損害賠償額を定めるに当たっては、相応の過失相殺がされるべきである旨主張する。」

「しかしながら、労働者が生命、身体へのリスクを伴う業務に従事し、使用者の指示に従って労務を提供した結果、使用者の安全確保が不十分であったことにより業務に内在するリスクが顕在化し、生命、身体に対する被害を受けたという場合に、労働者がリスクのある業務に積極的に従事したことをもって過失と評価することは相当でないというべきであり、被告らの上記主張を採用することはできない。

3.過失相殺が否定された

 「労働者がやりたいと言ったからやらせた」という趣旨の主張は、損害賠償を請求した時に使用者側から行われる典型的な反論の一つです。

 死亡事案だと1割の過失相殺が認められるだけでも千万単位での金額が動くこともあるため、過失相殺の可否や割合に関する議論は決して疎かにはできません。

 裁判所の判断は、使用者側の過失相殺の主張に反駁して行くにあたり、実務上、広く活用して行くことが考えられます。