弁明を一切聞き入れることなく詐欺の濡れ衣を着せて懲戒解雇したことは極めて強い心理的負荷を生じさせるとされた例

1.弁明の軽視

 懲戒解雇を行うにあたっては、弁明の機会付与など適正な手続を踏むことが必要だと理解されています。例えば、水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第3版、令5〕600頁には、次のような記述があります。

懲戒処分を行うにあたっては適正な手続を踏むことが必要である。労働協約や就業規則上,労働組合との協議や懲戒委員会(賞罰委員会)の開催等の手続を経ることが規定されている場合には,その手続を経ずになされた懲戒処分は原則として無効となる。懲戒委員会等では,事実関係を具体的に明らかにしたうえで,懲戒事由該当性や懲戒処分の必要性・相当性を具体的に検討することが求められる。これらの手続のなかで最も重要なのは,労働者(被処分者)に弁明の機会を与えることである。被処分者に懲戒事由を告知して弁明の機会を与えることは,就業規則等にその旨の規定がない場合でも,事実関係が明白で疑いの余地がないなど特段の事情がない限り,懲戒処分の有効要件であると解される

 しかし、裁判実務上、弁明の付与が直ちに懲戒処分の効力と結びついているかと言われると、必ずしもそのようにはなっていません。むしろ、手続違反のみを理由として懲戒処分の効力が否定されることは、比較的珍しいようにも思います。

 裁判例上、手続が決定的な要素となる例が少ないからか、懲戒処分を行うにあたって使用者が設ける弁明の機会は、形式的なものになりがちです。中には当初より労働者の言い分を聞くつもりなどなかったとしか言いようのない事案も散見されます。

 弁明を一切聞き入れることなく懲戒解雇などの重大な処分を行うことは、労働者に対し、大きな心理的負荷(ストレス)を与えます。近時公刊された判例集に掲載されていた、宇都宮地判令7.11.13労働判例ジャーナル170-46損害賠償請求事件も、弁明を無視した懲戒解雇が生じさせる強い心理的負荷に警鐘を鳴らしています。

2.損害賠償請求事件

 本件で被告になったのは、各宗葬祭の請負や葬祭用品の販売等を業とする葬儀会社です。

 原告になったのは、被告を懲戒解雇された後に自殺した亡Eの遺族です。亡Eが自殺したのは、被告の代表取締役や取締役が、心身の負荷等を過度に蓄積させ心身の健康を損なうことのないように注意する義務を怠ったからであるとして、損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 亡Eは詐欺に加担したという濡れ衣を着せられたうえ、弁明を一切聞き入れることなく懲戒解雇されました。これによる心理的負荷について、裁判所は、次のとおり判示しました。なお、結論としても、裁判所は、原告の損害賠償請求を認めています。

(裁判所の判断)

「まず、亡Eの本件詐欺への関与の有無について検討するに、亡Eはこれを否認していた上・・・、本件全証拠に照らしても、亡Eが本件詐欺に関与したことを窺わせる事情は見当たらないから、亡Eは本件詐欺に関与していなかったと認めるのが相当である。

「これに対し、被告は、亡Eが本件詐欺に係る引取書に(Jから)引き物を受領した旨を記載したこと等から、亡Eの本件詐欺への関与は明らかであると主張する。しかしながら、上記引取書の作成状況・・・や警察官の取調べでの亡Eの供述内容・・・からして、亡Eは、上記引取書に記載の引き物をJから実際に受け取ったかどうかについて精査することなく、F(被告の代表取締役 括弧内筆者)に言われるがまま、上記のとおり記載したにすぎないといわざるを得ないというべきであるから、上記引取書の記載を信用することはできず、そのほか被告が縷々指摘する事情を考慮しても、亡Eの本件詐欺への関与が裏付けられているとはおよそいい難い。したがって、被告の上記主張を採用することはできない。

以上を前提に、本件懲戒解雇に関するFの一連の言動による心理的負荷の程度について検討すると、Fは、亡Eを欺いてあたかも亡Eが本件詐欺に関与したかのような証拠を作成した上で・・・、亡Eに警察官の取調べを受けさせたものの、その意に反して亡Eが取調べにおいて本件詐欺への関与を否定する供述をしたと知るや、亡Eを怒鳴りつけ・・・、その翌日、唐突に本件懲戒解雇に及んだものであり・・・、かかるFの一連の言動は、亡Eからしてみれば、いわれのない犯罪嫌疑をかけられた末、自らの弁明を一切聞き入れられることなく、一方的に懲戒解雇されたというものにほかならず、これによる亡Eの心理的負荷は極めて強かったものといえる。
 これに対し、被告は、

〔1〕Fは、本件詐欺について、鹿沼警察署から亡Eを出頭させるよう指示を受けたため、亡Eに出頭するよう指示したにすぎず、上記取調べの終了後に亡Eを怒鳴ったこともない、

〔2〕亡Eは、本件情報漏洩に関与しており、これを理由の一つとする本件懲戒解雇による心理的負荷はさほど強くない

などと主張する。しかしながら、

〔1〕証拠・・・によれば、亡Eの取調べに関与した警察官自身がもともと亡Eを取り調べる予定はなかったと亡Eや原告A等に述べていた事実が認められ、また、

〔2〕仮に、Fが、本件懲戒解雇に際して、その理由の一つとして本件情報漏洩を挙げていたとしても、本件情報漏洩の態様・時期・・・等に照らし、本件懲戒解雇の主たる理由が本件詐欺への関与にあることは明らかであって、本件情報漏洩への関与を理由に亡Eへの心理的負荷の強さに直ちに影響が生じるとはいい難いというべきであるから、被告の上記各主張を採用することはできない。」

3.強い心理的負荷

 令和5年9月1日 基発0901第2号『心理的負荷による精神障害の認定基準について』は、

重大な事故、事件(倒産を招きかねない事態や大幅な業績悪化に繋がる事態、会社の信用を著しく傷つける事態、他人を死亡させ、又は生死に関わるケガを負わせる
事態等)の責任(監督責任等)を問われ、事後対応に多大な労力を費やした」

重大とまではいえない事故、事件ではあるが、その責任(監督責任等)を問われ、立場や職責を大きく上回る事後対応を行った(減給、降格等の重いペナルティが課され
た等を含む)」

を強い心理的負荷が生じる場合として掲げています。

https://www.mhlw.go.jp/content/001140931.pdf

 本件は倒産を招きかねない事態等を生じさせたわけではありません。また、何等かの事後対応を指示されたというわけでもなさそうに思います。それでも、裁判所は亡Eに極めて強い心理的負荷が発生していたと判示しました。

 裁判所の判断は、弁明が一切聞き入れられることなく、無視されたまま懲戒処分を受けたことによる心理的負荷を主張して、労働者側から損害賠償を請求する訴えを提起するにあたり、実務上参考になります。