職場に置いてある荷物を引き取り、「お世話になりました」とメッセージ付きのプレゼントを置いて帰っても退職扱いを受け入れたとはいえないとされた例

1.退職をめぐる紛争

 解雇でも自然退職でも、労働者を退職させると判断した使用者は、労働者に対し、職場への立ち入りを禁止するとともに、私物の引き取りを求めてきます。

 退職の効力を争うにあたり、こうした要請に従っても良いのかと気にする方は少なくありません。私物を引き取ってしまって、退職扱いを認めてしまったことにならないのかという問題です。

 しかし、私の感覚からすると、争う意思さえ明示していれば、私物を引き取ったところで、特段の問題が生じることはないように思います。放っておくと紛失したり処分されたりしかねませんし(法的手続によらず処分することは、自力救済といってもちろん違法ですが)、大切な物が含まれている場合には回収したいと思う労働者の方も多く、何なら荷物の回収を求めることもあります。

 近時公刊された判例集にも、私物の回収等が退職扱いを承認したことにはならないとされた裁判例が掲載されていました。京都地判令7.10.2労働判例1349-5 一般財団法人高尾病院事件です。

2.一般財団法人高尾病院事件

 本件で被告になったのは、京都市右京区にある病院(被告病院)を運営する一般財団法人です。

 原告になったのは、被告病院で医療相談員として勤務していた方です。休職期間満了を理由に退職扱いされたことを受け、その効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の被告は休職規定の適用による自然退職を主張すると共に、合意退職の成立を主張しました。この合意退職の成立の根拠として主張された事実の一つに、原告が被告病院から私物の撤収作業を行ったことがありました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。合意退職の成立も否定しています。

(裁判所の判断)

「原告は、令和5年5月21日(日曜日)及び同月22日(月曜日)に被告病院に出勤した。被告は、同日、原告が出勤していることを認識し、原告に対して本件退職扱いにより就労することはできない旨を説明して、原告の就労を拒否し、原告を帰宅させた。・・・」

「原告は、同日、被告代理人弁護士に架電し、本件退職扱いに関して抗議し、復職を申し出た。同弁護士が、原告に対して復職可能である旨の診断書の発行を受けられるか尋ねると、原告は、同日時点で診断書を取得して復職することは難しいため、同年6月16日から段階的な復職を希望する旨回答した。・・・」

「令和5年5月25日、被告代理人弁護士は、原告に対し、被告としては原告の復職希望を受け入れられないため、退職に係る手続に対応するよう求めた(甲17、弁論の全趣旨)。」

「本件組合は、令和5年6月1日、被告に対し、本件退職扱いに関して団体交渉の申入れをした・・・。同月12日、団体交渉が実施されたが、被告は退職以外の結論は採れないとの立場を貫いた・・・。本件組合は、同月26日、被告に対し、本件退職扱いに関する団体交渉を終了する旨の連絡をした・・・。」

原告は、令和5年6月30日、被告代理人弁護士に対し、職場に残置している荷物を引き取りたい旨の申入れをした・・・。

原告は、同年7月5日、被告病院を訪れ、原告の荷物を引き取るとともに、原告が自費で購入して職場に設置していた冷蔵庫は被告病院に寄附することとし、職員に対して『お世話になりました』というメッセージ付きのプレゼントを置いて帰った

(中略)

・原告が被告病院から荷物を引き取ったり、職員に対して礼を述べたりした事実

「この事実・・・は、原告がこれ以後被告病院で就労しないことを前提とした行為のようにも見得るが、被告が原告を退職させる姿勢を頑なに貫いている状況下における行動であること・・・に照らすと、原告の上記行為は、たとえ意に沿わない離職であったとしても、被告病院の職員に不要な迷惑をかけることのないように配慮をするとともに、同僚等に対して社会生活において常識的な礼儀を欠かさないように行動したにすぎないと評価するのが相当であって、これをもって原告に退職する意思があり、本件退職扱いを受け入れたということはできない。

3.争う意思を明確にしたり異議を留保したりしていれば基本的に問題ない

 本件の被告のように、私物を引き取ると、それを退職を受け入れたものと主張してくる使用者は一定数います。

 しかし、退職扱いの効力を争うことを明示したり、異議を留保したりしている限り、私物を回収したからといって、それが直ちに退職扱いを承認したものと扱われることはないように思います。

 裁判所の判示は、私物の引き取りを行ってゆくにあたり、また、私物に引き取りに藉口した揚げ足取り的な主張に反駁して行くにあたり、実務上参考になります。