1.職種限定合意
職務内容を限定する合意を、一般に職種限定合意といいます。
職種限定合意が認められる場合、例え解雇回避のためであったとしても、配転命令を出すことは正当化されません(最二小判令6.4.26労働判例1308-5 社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会事件)。
注目の最高裁判例:解雇回避のためであったとしても、同意を得ることなく職種限定合意のある労働者に配転命令をすることは許されないとされた例 – 弁護士 師子角允彬のブログ
そのため、職種限定合意は、配転命令権行使に対抗して行くための非常に強力なツールになります。
しかし、職種限定合意を主張するには、難点があると考えられています。
それは一般的な配転規定の存在です。
殆どの会社では就業規則に一般的な配転規定を有しています。例えば、
「会社は、業務上必要がある場合に、労働者に対して就業する場所及び従事する業務の変更を命ずることがある。」
といったような規定です。
就業規則の内容は労働条件に組み込まれます(労働契約法7条)。結果、配転命令権に服することは労働契約上の義務となり、
職種限定契約である、
という抗弁を立証することに困難が生じます。
以前、自然退職の効力が争われた事案で、一般的な配転規定があっても、職種限定契約が認められた裁判例を紹介しました(東京地判令6.12.10労働経済判例速報2584-8 フィデリティ事件)。
就業規則に配転の定めがあり、契約書に使用者で職務を随時変更することができると書かれているIT職との関係で職種限定合意が認められた例 – 弁護士 師子角允彬のブログ
その後も一般的な配転規定と職種限定契約の関係性が気になっていたのですが、近時公刊された判例集にも、一般的な配転規定の存在を前提としつつ、職種限定契約が認められた裁判例が掲載されていました。東京高判令6.12.24労働判例1349-22 東京地判令6.9.20労働判例1349-32 三菱UFJ銀行事件です。
2.三菱UFJ銀行事件
本件で被告(被控訴人)になったのは、銀行業を目的とする株式会社です。
原告(控訴人)になったのは、被告との間で職務内容を「ジャパンストラテジスト(東京の英文日本情報発信担当アナリスト)他」とする雇用契約を締結していた方です。「特別嘱託」と呼ばれる立場で、解雇当時、基本給月額183万3800円と高額の賃金を得ていました。
本件は被告から業務の消滅を理由に整理解雇された原告が、その効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起した事件です。
一審が原告の請求を棄却したことを受け、原告側が控訴しましたが、控訴審も原告の控訴を棄却して判決が確定しました。
本件では整理解雇法理を適用するにあたっての前提として、原告と被告との間に職種限定契約が認められるのかが争点になりました。
被告の就業規則には、
「銀行は、業務上必要と認める場合は、嘱託(無期)に対し出張、又は、担当する業務、職務内容の変更、配置転換、転勤、出向その他の異動を命ずることがある」
と規定されており、原告は職種限定契約の存在を争いました。配転可能性が広がる分、解雇しにくくなるからです。
一審裁判所は次のとおり述べて職種限定契約の存在を認め、この判断は控訴審でも維持されました。
(一審裁判所の判断)
「前記1のとおり、
〔1〕原告は、特別な銀行業務に従事する嘱託である特別嘱託として本件雇用契約を締結し、総合職と異なる就業規則が適用されていた、
〔2〕原告の業務内容が『ジャパンストラテジスト(東京の英文日本情報発信担当アナリスト)他』であり、令和2年4月から『ジャパンストラテジスト(日本を中心とする経済・金融情報の内外顧客向け発信担当アナリスト)』となり、『内外』という文言が加わったものの、原告は、ジャパンストラテジスト(被告において、これに一致する業務は円金利ストラテジスト及び付随業務であった。)として10年以上同じ職種にあり、顧客面談、セミナーセールスへの情報提供や日英レポート発行等を通じた日系、非日系顧客セールス業務の支援を主要な業務とし、ジャパンストラテジスト(円金利等)に関するレポートの中で為替に言及することがあったほか、為替リサーチを担当する総合職に指導することもあった、
〔3〕上記業務は、高い英語力及び円金利の専門的知識を要すると考えられ、原告は、原告の経歴や専門的知識を有し、英語が非常に堪能であることを期待されて被告に採用された、
〔4〕原告が本件雇用契約締結当初から賞与を含めて年額2000万円を超える賃金、令和2年以降は賞与を含めて年額3000万円を超える賃金の支払を受けており、これは為替リサーチを担当する総合職の賃金(最大1500万円~1600万円)と比べて相当高額であり、原告の専門性を高く評価したことによると考えられる、
〔5〕原告は、被告に対し、メインカバレッジが為替ではなく、本件雇用契約に職種限定合意が存在することを前提とする発言をしていた、
以上の事実が認められる。これらの事情からすれば、本件雇用契約において、一定の付随業務が含まれる点で円金利リサーチの業務のみに特化していたとはいえないものの、『ジャパンストラテジスト(日本を中心とする経済・金融情報の内外顧客向け発信担当アナリスト)』との職種(円金利ストラテジスト業務及びこれに付随する業務)に限定する旨の合意が存在したと認めるのが相当である。」
「これに対し、原告は、本件就業規則42条1項には、業務上必要と認める場合に、配置転換を命ずることがある旨が定められており、本件雇用契約上、原告の業務は、雇用契約書で『(東京の英文日本情報発信担当アナリスト)他』、『(日本を中心とする経済・金融情報の内外顧客向け発信担当アナリスト)』と幅広く定められている上、実際に円金利等についてリサーチを行うのみならず、レポートの作成や顧客に対する見通しの説明をするなどしていた、原告が円金利リサーチ機能の業務に特化していると自認したことはないなどと主張する。」
「しかし、本件就業規則に配置転換に関する一般的な定めがあるとしても、雇用契約の当事者間で個別に職種限定合意をすることは否定されず、上記・・・で検討した事情からすれば、上記定めをもって直ちに上記・・・の認定は左右されない。次に、本件雇用契約において、円金利ストラテジストという文言はなく、『ジャパンストラテジスト(日本を中心とする経済・金融情報の内外顧客向け発信担当アナリスト)』との定めがあるものの、ジャパンストラテジストは、日本銀行の金融政策や日本に対する投資戦略を策定するのに必要な円ベーシス動向のほか、対内外証券投資等の分析等を行うが、被告においてこれに一致する業務は、円金利ストラテジスト業務及びこれに付随する業務であり、実際に原告は顧客面談、セミナーセールスへの情報提供や日英レポート発行等を通じた日系、非日系顧客セールス業務の支援を主要な業務としており、レポートの多くが円金利や日本銀行の金融政策に関するものであったこと、原告も自身のメインカバレッジが為替でないとの認識を示していたことからすれば、原告の業務は円金利ストラテジスト業務及びこれに付随する業務であり、原告の業務が幅広く定められたとはいえない。また、平成24年の本件雇用契約の雇用契約書に『他』との文言があり、原告が為替リサーチを担当する総合職に指導するなどしたこともあったものの、『他』は付随業務を行うことと矛盾するものではなく、総合職に対する指導等もジャパンストラテジストの付随業務の一つと解されるから、この点をもって、職種限定合意の存在が否定されるものとはいえない。さらに、仮に原告が円金利リサーチ機能の業務に特化していると自認したことがないとしても、原告は自己のメインカバレッジが為替ではないことを認識していたと認められるし、令和5年6月2日及び同月8日の面談における原告と被告のやり取りからすれば、原告が少なくとも自己の職務が限定されていると認識していたと認められる。原告は、本人尋問で職種限定合意を否定する趣旨の供述をするものの・・・、原告が職種限定合意のあることを前提とする発言をしていたことと整合せず、原告の上記供述は採用できない。」
「そうすると、原告の上記主張は採用できない。」
3.労働者側敗訴の事案ではあるが・・・
本件はフィデリティ事件と同じく労働者の排除を正当化するためのロジックとして職種限定合意が認定されている事案ではあります。
しかし、職種限定合意は事実認定の問題であり、労働者を排除する脈絡でのみ認められやすくなるというものではないはずです。裁判所が示した事実認定の論理は、配転命令の効力に対抗して行く場面にも等しくあてはまらなければ不合理です。
裁判所の判断は、配置転換に関する一般的な規定の存在が職種限定合意を認定する妨げにならないことを示した事例として、実務上参考になります。
