1.ハラスメントをしてもいい相手
ハラスメントをする人の中には「ハラスメントをしてもいい相手」を見極めようとする人がいます。要するに、被害を受けても申告しそうにない人です。
こうした人は、比較的軽めのハラスメントをして相手の様子を見て、抵抗されないことを確認したうえで、行動をエスカレートさせて行きます。行動をエスカレートさせるにあたっては、しばしば被害申告を妨げるような言動がとられます。
被害申告を妨げる言動の中には、報復を示唆するようなストレートなもののほか、婉曲的な言い回しをされることがあります。婉曲的な表現については二次的なハラスメントの成否の線引きが難しいのですが、近時公刊された判例集に「ハラスメント行為に該当するとまでは認められない」とされながらも、「ハラスメント行為を受けた際に、異議を唱えることを著しく困難とする」事情の存在を認めた裁判例が掲載されていました。大阪地判令7.12.15労働判例ジャーナル170-56国・大阪中央労基署長事件です。
2.国・大阪中央労基署長事件
本件は労災の休業補償給付の不支給処分に対する取消訴訟です。
原告になったのは、ライフサイエンス分野を主として企業や団体へのソフトウェア開発等を事業内容とする株式会社(本件会社)でITエンジニアとして働いていた人です。q2支社長(P4)からセクシュアルハラスメントやパワーハラスメントを受け精神障害を発症したと主張し、休業補償給付の支給を申請しました。これに対し労働基準監督署長が不支給処分を行ったことを受けて、審査請求、再審査請求を経て、取消訴訟を提起したのが本件です。
本件の特徴の一つに、P4の入社時の言動がありました。
P4は入社時オリエンテーションの終了後、原告に対し、かって勤務していた女性従業員を引き合いに出しつつ、「原告が何でもかんでもセクハラ、パワハラって言う人だったらどうしようって思っていたんだよ。でも、そうではないみたいでよかった」といった趣旨の発言をしていました。
その後、P4は、原告をセクハラをしても良い相手と認識したのか、問題のある言動に及んでゆきました。
裁判所は、次のとおり述べて、原告に生じていた心理的負荷を「強」と判断しました。結論としても、裁判所は休業補償給付の不支給処分を取消しています。
(裁判所の判断)
「P4支社長は、平成31年4月に、原告に対し、『原告が何でもかんでもセクハラ、パワハラって言う人だったらどうしようって思っていたんだよ。そうではないみたいでよかった』との旨の発言を2回行っている・・・。しかしながら、この発言それ自体はハラスメント行為に該当するとまでは認められないから、心理的負荷の検討の対象とはならない。もっとも、原告の直属の上司兼人事評価者であり、原告が正社員として採用されるか否かについて強い影響力を有するP7支社長が上記のような発言をしていることは、原告がハラスメント行為を受けた際に、異議を唱えることを著しく困難とする事情であるというべきである。」
(中略)
「本件3次会での出来事は、
〔1〕P4支社長は、直接、原告とは接触をしていないものの、本件店舗の女性店員とディープキスをさせたり、お互いの胸部を触らせたりするという性的な身体接触が含まれており、相当な不快感を抱かせるものであること、
〔2〕当該行為は、P4支社長、P5執行役員及びP6といった本件会社の関係者や、本件店舗の店員や他の客がいる状況でなされたものであり、強い羞恥心を抱かせるものであること、
〔3〕P4支社長は原告の所属するq2支社長のトップである上、原告の人事評価権者でもあり、6か月の期間契約社員として本件会社に入社し、正社員として採用されるかどうかわからない状況にあった原告に対し、雇用関係上強い優越的な立場にあったこと、
〔4〕加えて、P4支社長は、原告の入社直後に、『原告が何でもかんでもセクハラ、パワハラって言う人だったらどうしようって思っていたんだよ。でも、そうではないみたいでよかった』と述べており、かかる発言は労働者がハラスメントを受けた際に、異議を唱えることや救済を求めることを著しく困難にするものであること、
〔5〕実際に原告が本件3次会での出来事を含むP4支社長のセクシャルハラスメント行為についての本件会社に対応を求めたのは本件疾病が発病した後であることなどを総合考慮すると、その心理的負荷の強度は「強」に当たるというべきである。」
「そして、P4支社長の原告の容姿や体重に関する発言や、ビキニに関する発言や、ミニスカートに関する発言は、平成31年4月頃から令和元年6月頃にかけて繰り返してなされた性的発言であって、本件会社の対応前に本件疾病が発病したことに照らすと、その心理的負荷の強度は『中』に当たるというべきである。」
「以上の検討結果を総合考慮すると、P4支社長の原告に対する言動の心理的負荷の強度は『強』に当たる。」
3.ハラスメントそのものでなくても心理的負荷要因になりえる
精神障害の労災認定について、厚生労働省は、
令和5年9月1日 基発0901第2号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」
という基準を設けています。
ここでは、
「身体接触のない性的な発言のみのセクシュアルハラスメントであって、性的な発言が継続してなされ、会社に相談しても又は会社がセクシュアルハラスメントがあると把握していても適切な対応がなく、改善がなされなかった」
場合、強い心理的負荷が生じるとしています。
裁判所が「ハラスメントを受けた際に、異議を唱えることや救済を求めることを著しく困難にする」言動をどこまで強力なものとして評価したのかは明確ではないものの、相談しても適切な対応や改善がなされなかった場合に準じて理解している可能性があるように思います。
裁判所の判断は、心理的負荷表に符合しなくても意味を持つ事実の存在を示すものとして、実務上参考になります。
