誤字脱字を指摘しないで書類作成者に突き返したり、1つのミスに小言のような指導を何日にも渡って繰り返したりすることがパワハラとされた例

1.誤字脱字のある書類の突き返し、粘着質な指導

 パワーハラスメントには、良くある型があります。

 誤字脱字のある書類の突き返しや粘着質な指導も、そうした型の一つです。

 一般職員の作成した書類は上位者に回付されて行きます。書類仕事をしていく中で、誤字脱字は不可避的に発生します。回付された書類に目を通していて誤字脱字を発見した上位者が取る行動は、①自分で修正する、②誤字脱字を指摘して書類作成者に修正させる、③誤字脱字を指摘せず謎かけのように書類を突き返して書類作成者に修正を指示するの三パターンに大別されます。このうち③のような対応をとられると、書類作成者としては困惑します。砂粒を発見するような作業に書類全体を精査することを強いられ、その時間で本来しなければならない業務が圧迫されます。こうした作業をさせられることが嫌で誤字脱字がないように気を張ると、やはり書類の作成やチェックに時間をとられて他の業務が圧迫され、長時間労働が発生し、今度は長時間働いている割に生産性が低いと叱責されることになります。

 粘着質な指導とは、同じことを言葉を変えながら何十分も叱責したり、何日にも渡って一つの失敗を責め続けたりすることを言います。これも本来業務が圧迫されるうえ、極めて不快な気分になり、受け手に大きなストレスを生じさせます。

 こうした指導の厄介なところは、非が客観的に明確であることです。誤字脱字は誰の目からも客観的に明らかです。また、生じさせない方が良いということに異論を唱える人はいません。大義名分のもと、上位者は嗜虐的な注意指導をエスカレートさせて行くことになります。

 それでは、こうした指導の在り方を法的に問題にすることはできないのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、これをパワーハラスメントだと判示した裁判例が掲載されていました。宮崎地判令8.1.30労働判例ジャーナル170-24 宮崎県事件です。

2.宮崎県事件

 本件で原告になったのは、自殺した警察官の遺族(父母)です。

 息子が警備課は遺族中に自殺したのは、警備課長らのパワーハラスメント行為や過重労働によると主張し、宮崎県を相手に損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 原告らが問題にした行為は複数に及びますが、その中の一つに、誤字脱字のある書類の突き返しや粘着質な指導がありました。

 裁判所は、次のとおり述べて、こうした行為はパワーハラスメントにあたると判示しました。結論としても、被告宮崎県の損害賠償責任が認められています。

(裁判所の判断)

「b課長は、平成30年7月17日に警察大学校に入校し、同年9月28日に同校の研修を修了して、警備課に復帰した。」

「本件警察官(自殺した警察官 括弧内筆者)は、b課長が警備課に復帰した頃から、A係長やC主任のチェックを受けずにb課長に書類を提出するようになった。これに伴い、b課長は、本件警察官に対し、書類作成上の誤字脱字や書類整理等について直接指導又は注意をすることが多くなり、1つのミスについて2、3日連続して小言のように指導を繰り返したり、1度の指導に二、三十分を掛けたりするようになった。」

「また、b課長は、本件警察官の書類作成上の誤字脱字の多さが改善しないため、同年10月頃、A係長及びC主任と相談し、本件警察官に対する指導方法について、それまでは誤字脱字の箇所を具体的に指摘していたものを、これを具体的に指摘せずに書類を返却し、全てを修正するまで自分で見直させるという方法に変更した。その後、同指導方法は変更されることなく、同年12月中旬頃まで継続された。」

「本件警察官は、同年11月頃、b課長の決裁を経ていない書類を副署長に持って行ったため、副署長からb課長の決裁後に書類を上げるよう返還されたことがあった。」

(中略)

・平成30年4月頃から同年12月24日までの間のb課長によるパワーハラスメント行為

「前記認定事実・・・及び・・・によれば、b課長は、平成30年9月末頃に警備課に復帰した頃から、本件警察官を直接指導又は注意することが多くなり、

〔1〕同年10月頃から、書類の誤字脱字のミスに関し、上司がその箇所を具体的に指摘するのではなく、そのまま書類を返して全てを自分で見直させるという指導を始めたこと(以下『本件指導〔1〕』という。)、

〔2〕本件警察官のミス等に対する業務指導に1回当たり二、三十分を掛けたり、2、3日連続して同じミスについて指導を繰り返したりするようになったこと(以下『本件指導〔2〕』という。)、

〔3〕同年11月22日、本件警察官が関与した組織的事案について、2時間程度の間に断続的に同事案に対する指導を繰り返したこと(以下『本件指導〔3〕』という。)

がそれぞれ認められる。」

「前記・・・でも説示したとおり、本件警察官が、書類作成上の誤字脱字という不注意による単純なミスを繰り返す以上、本件警察官の書類作成能力を向上させるため、本件警察官に対する指導の度合いを強めること自体は、社会通念上相当な指導として許容されるべきである。」

「しかし、本件指導〔1〕は、本件警察官に対し、上司の決裁が得られるまで訂正箇所すら分からず、上司が想定する訂正ができたのか分からない状態で書面を再検討、再提出させるものであり、本件警察官を過度に困惑させるものであって、これにより与える精神的負担は大きいというべきである。b課長は、少なくとも同年12月中旬頃までは本件指導〔1〕を継続しているが、本件警察官の書類作成能力向上の必要性を踏まえても、本件警察官に与える精神的負担の大きさに照らせば、本件指導〔1〕を約3か月もの間継続する必要性は乏しいというべきであり、特に本件警察官が落ち込んだ様子を見せるようになった同年12月以降もこれをやめず、同様の厳しい指導を継続したというのであるから・・・、本件指導〔1〕が本件警察官に与えた精神的負担は相当程度大きかったというべきである。

「そうすると、本件指導〔1〕は、本件警察官に対し、業務上相当な範囲を超えて、強度の精神的負担を与えるものであったと認めるのが相当である(なお、A係長は、誤字脱字の個数は指摘したと証言する・・・が、その指摘があっても、本件警察官には上司が想定する訂正箇所を訂正できたかは不明であるから、これにより精神的負担が軽減されたとはいえない。)。」

「また、本件指導〔2〕は、本件警察官のミスの内容が書類作成上の不注意による単純なものであったことに照らせば、1回当たりの指導に二、三十分を掛けたり2、3日連続して同じミスについて指導したりする必要性は乏しく、同内容の指摘を執拗に繰り返したり叱責を含むものであったりしたことが窺われるから、これらの指導が、同年12月中旬頃まで継続していたことも踏まえれば、本件警察官に対し、業務上相当な範囲を超えて強度の精神的負担を与えるものであったといえる。

「さらに、本件指導〔3〕は、当直勤務明けの本件警察官に対し、同日発生した本件警察官を落胆させるような事案についての早急な報告書の作成を命じた上で、断続的とはいえ当該事案の内容について2時間もの指導を行ったというもので、長時間勤務の疲労による注意力の低下や当該事案による精神的な落ち込みが想定される状況にもかかわらず、迅速な書類作成を命じた上に繰り返し同内容に係る指導をして相当程度の時間を拘束したものであって、当該態様による指導は、本件警察官に対し、過度な困惑と強度の精神的負担を与えるものであったと認めるのが相当である。」

「以上によれば、本件指導〔1〕から〔3〕は、職場内の優越的な関係に基づいて行われ、業務上の指導として必要かつ相当な範囲を超え、社会通念上許容された限度を逸脱したものであったというべきであり、パワーハラスメントに当たるといえる。

3.小さなことでも繰り返されれば人は死亡する

 一つ一つの出来事が小さなことであったとしても、ハラスメントが継続すると、普通に人は自殺に至ります。

 本件の原告は、平成30年11月27日、ノートに、

「quiero matarme(スペイン語で「自殺したい」)自殺したい 死にたい 誰かに殺してほしい」

などと記載していたようです。

 誤字脱字のようなミスは不可避的に生じます。それを効率的に発見し、全体最適を図るために上司がチェックして決済をする仕組みがとられているのであるから、意味もなく部下に苦痛を感じさせるような指導は相当なものだとはいえません。

 痛ましい事件ですが、こうした裁判例を契機として、不適切な注意指導が改められて行くことを願ってやみません。