労働者性-仕事を断ったことが全くなかったにもかかわらず、依頼に対する諾否の自由があるとされた例

1.労働者性の判断基準

 労働法の適用を受けないようにするため、業務委託や請負といった法形式が使われることがあります。

 しかし、こうした法形式を使いさえすれば適用を免れることができるとなると、労働法で定められているルールは死文化してしまいます。

 そのため、業務委託契約や請負契約を締結して働いている人であっても、実質的に労働者といえるような働き方をしている場合、労働法の適用があるとされています。

 労働者性の判断にあたって実務上重要な意味を果たしているのは、

昭和60年12月19日 厚生労働省の労働基準法研究会報告『労働基準法の「労働者」の判断基準について』

という文書です。行政実務でも裁判実務でも、労働者性が認められるのか否かは、ここに書かれている基準に沿って判断されていると理解されています。

https://www.mhlw.go.jp/content/001477330.pdf

 この労働基準法研究会報告の労働者性の判断基準が掲げている考慮要素の一つに「諾否の自由」という概念があります。

 これは、次のとおり説明されています。

「『使用者』の具体的な仕事の依頼、業務従事の指示等に対して諾否の自由を有していれば、他人に従属して労務を提供するとは言えず、対等な当事者間の関係となり、指揮監督関係を否定する重要な要素となる。」

「これに対して、具体的な仕事の依頼、業務従事の指示等に対して拒否する自由を有しない場合は、一応、指揮監督関係を推認させる重要な要素となる。」

 伝統的な理解によると、この諾否の自由の有無を判断するにあたっては、

実際に仕事を断った事実があるか?

が重要な間接事実になるとされてきました。

 しかし、近時、実際に仕事を断った事実がなくても、諾否の自由はあったと認定し、労働者性を否定する裁判例が見られるようになってきています。

 個人的に転換点となったと思っているのは、東京地判令7.2.13労働判例ジャーナル157-1 西村あさひ法律事務所事件です。この裁判例は、カウンセル弁護士の労働者性の判断にあたり、

「原告は、E弁護士のアサインを拒否したことはなく、このこと自体諾否の自由を否定する事情である旨主張する。」

「しかしながら、そもそも原告は、高い専門的な知識と豊富な経験を有し、さらなる成長を図るべく、自らが「培ってきた知識や経験の共有を図ることで、チームで一体となってクオリティの高いリーガルサービスを提供できるように貢献したい」として、被告に入所したのである。」

「そのような原告が、その成長や被告に対する貢献といった意識から、E弁護士からのアサインメントを断らなかったということは十分考えられることである。この点、原告自身、アサインメントされた仕事をしっかりこなしていくことが組織における自らの役割であると理解していたこと、税務の仕事をしたいと考えており、アサインメントされた案件を1つずつ愚直にこなしていくことにより、パートナーの信頼を得て大切な仕事も任せてもらうようになることが重要である旨供述しているところであって・・・、まさに自らの成長や被告への貢献といった観点から、積極的に仕事を引受けていたといえるところ、このこと自体、高度の専門性を持って自律的に業務を遂行するという弁護士の本質的な職制からも合理的に理解し得る行動であって、このような原告について、アサインを拒否したことがなかったこと自体をもって、諾否の自由を否定する事情であると評価することはできない。

と述べ、業務の割り付け(アサイン)を断ったことがなかったとしても、諾否の自由が否定されないと述べ、原告となったカウンセル弁護士の労働者性を否定しました。

 西村あさひ法律事務所事件のあたりから労働者性に異様に厳しい裁判例が目立つようになってきていると感じていたのですが、近時公刊された判例集にも、仕事を断った事実がないことを認めつつ、諾否の自由はあったとして労働者性を否定した裁判例が掲載されていました。東京地判令7.9.24労働経済判例速報2610-43 国・三鷹労働基準監督署長事件です。

2.国・三鷹労働基準監督署長事件

 本件は労災の保険給付(療養補償給付・休業補償給付)の不支給決定に対する取消訴訟です。

 原告になったのは、アンカー工事(鉄筋コンクリートの躯体と内部部材を結合するアンカーという部材を鉄筋コンクリート内に設置する工事)に従事して振動障害を発症した方です。この方は、

Dの依頼に基づいて行った作業に対する報酬について、

Dから、毎月15万円から社会保険料及び源泉所得税相当額が控除された金額(本件固定額)を受領し

本件固定額をDから受領した翌月に、D作成の施工単価表に従い、作業単価と取付数量等に基づいて算出される報酬(労賃)に高速代金等の実費を加えた金額から、15万円、原告の過誤等により消耗した材料費及び手数料を差し引いた金額(本件報酬額)をEから受領する、

という報酬の受取り方をしながら働いていました。

 振動障害について療養補償給付と休業補償給付を申請したところ、労働者ではないという理由で不支給処分を受けたため、審査請求、再審査請求を経て、取消訴訟を提起したのが本件です。

 裁判所は原告の労働者性を否定し、原告の請求を棄却しました。その中で、次のような判断を示しました。

(裁判所の判断)

「労災保険法の定める労災保険制度は、労基法第8章の各規定による使用者の労災補償に代わる保険給付を行う制度であり(最高裁平成27年6月8日第二小法廷判決・民集69巻4号1047頁参照)、このことに鑑みれば、労災保険法上の労働者は、労基法上の労働者と同義であると解される。そして、同法9条、11条の規定するところによれば、同法の労働者とは、使用者の指揮監督下において労務を提供し、使用者から労務に対する対償として報酬を支払われる者をいうと解するのが相当であり(最高裁平成8年11月28日第一小法廷判決・裁判集民事180号857頁参照)、その判断に当たっては、契約の形式にかかわらず、仕事の依頼・指示に対する諾否の自由、業務の遂行上の指揮監督、拘束性、代替性、報酬の労務対償性といった要素のほか、これを補完する要素として、事業者性、専属性などを総合的に考慮して、実質的に判断する必要がある。」

原告は、労基法上の労働者とは、『自ら事業者に有償で労務を供給する自然人で、独立事業者ではない者』であり、必ずしも使用従属性が求められるものではない旨主張する。

しかし、労基法9条は、労働者について、『職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下『事業』という。)に使用される者で、賃金を支払われる者』と規定しており、単に『賃金を支払われる』だけでなく、『使用される者』とする旨の文言があることに加え、実質的な面をみても、請負契約や委任契約等に基づいて役務を提供し対価を受領する者と労働者を区別する必要がある以上(原告の主張する労働者の定義においても、『独立事業者ではない』ことが必要とされており、労基法上の労働者を定義するには上記の区別が必要であることを前提としているものと思われる。)、労働者というためには、使用従属性、すなわち使用者の指揮監督下における労務の提供が必要であるといえる。原告は、この『使用』とは、労働者災害扶助法の文言を承継したものであり、使用従属性を求める根拠にはなり得ない旨主張するが、労基法上の『使用』が労働者災害扶助法の文言を承継し、これと同じ意味であると認める根拠はなく、採用できない。また、原告は、使用従属性を判断するための判断要素・・・は、いずれも判断要素とはなり得ないなどと主張するが、前記の判断要素は、上記区別を実質的に判断するために有効なものと解されることからすれば、採用できない。
・検討

「仕事の依頼に対する諾否の自由について」

前記認定事実・・・のとおり、原告は、DからHやJを通じてされる作業依頼について、断ったことはなかったものであるが、原告とDとの間で、Dからの作業依頼を断ることができない旨の何らかの合意や契約があったと認めるに足りる証拠はない。原告自身も、作業依頼を断らなかった理由は、Hからの紹介でDの依頼する作業を行うようになったアンカー工で、Dの依頼を断った者が金銭的に割の悪い仕事ばかりを振られるようになったことを知っていたからである旨述べており、原告は、収入が減少することを避けるという、自己の利益のため、自らの意思でDからの依頼を断らなかったものというべきであるし、そもそも、Dの依頼を断ったら収入が減少するという関係についても、原告自身が経験したわけでも客観的な証拠に基づく確実なものでもなく、原告が周囲のアンカー工をみてそのように感じたという主観的な危機感にすぎない。」

「そうすると、収入減少という主観的な危機感が、原告にとって、Dの依頼を断ることについての一定の心理的な制約になるとはいえるものの、これをもって原告がDの依頼を断る自由がなかったといえるものではなく、原告は、Dからの仕事の依頼について一応の諾否の自由を有していたと認められる。

「原告は、Dが受注しているあとアンカー工事の件数やアンカー工の人数等からすると、綿密な人員配置計画・作業計画が必要であり、各アンカー工は、Dによる上記のような人員配置計画・作業計画に組み込まれ、仕事の諾否等についての自由はなかった旨主張する。しかし、Dが、自社が受注している工事を期限内に終了させるためには綿密な人員配置計画・作業計画を策定することが必要になるとしても、そのことから直ちに原告らアンカー工への業務依頼に対する諾否の自由を制限しなければならないとはいえず、前記のとおり原告の仕事の依頼に対する諾否の事由が制限されていたという事情を具体的に認め難い以上、原告の上記主張は採用し難い。」

3.労働者性の概念には挑めなかった/諾否の自由があるとされた

 労働基準法の労働者概念と労働者災害補償保険法上の労働者概念は違うという主張は、理論的には十分に有り得る主張です。しかし、裁判所は、両者は一致するとして、原告の主張を排斥しました。

 また、作業依頼について断ったことがなかったと指摘しながらも、諾否の自由は有していたと主張しました。現実に断った事実がないにもかかわらず諾否の自由を認めるというのは、当事者の主観を裁判所が憶測で判断するに等しく、その妥当性には強い疑義があります。

 近時、地裁であまりにも労働者性が否定されすぎているためか、東京高判令8.1.15労働判例ジャーナル168-1 東京海洋大学事件など、高裁で労働者性が認められる例も出始めています。

契約外の仕事の依頼を拒否する自由を有することは、労働者性を否定する事情として評価されないとされた例 – 弁護士 師子角允彬のブログ

 労働者性が否定される傾向が進むのか、高裁により揺り戻されるのか、引き続き裁判例の動向を注視して行く必要があります。