セクハラ行為者の供述に不合理、不自然なところがあっても、被害者供述が採用されなかった例

1.セクハラで行為者供述と被害者供述とが対立する場合

 セクシュアルハラスメント(セクハラ)は、性的な行為であるという性質上、人目につかない場所で行われることが珍しくありません。行為者がセクハラに及んだことを否認しており、物的証拠や客観的証拠もないという場合、セクハラ行為が認められるのか否かは、

被害者の供述が信用できるのか、

行為者の供述が信用できるのか、

という対立軸で語られがちです。

 こうした類型の事件では、行為者の供述が不自然、不合理であることをもって被害者供述の信用性を認めたかのように読める裁判例が散見されます。

 しかし、行為者の供述が信用できるかどうかと、被害者の供述が信用できるのかどうかは、理論的には関係がありません。行為者の供述が信用できない一方、被害者の供述も鵜呑みにはできないということも、理論上に十分に考えられます。近時公刊された判例集に掲載されている東京地判令7.9.16労働経済判例速報2620-32頁)はな事件も、そうした事案の一つです。

2.はな事件

 本件で被告になったのは、

訪問看護事業を行っている株式会社(被告会社)と、

被告会社の代表取締役(被告B)

の1法人1名です。

 原告になったのは、被告会社において障害者雇用枠(精神障害者 障害等級3級)で働いていた女性です。期間満了による有期雇用契約の終の効果を争い地位確認等を請求すると共に、性被害を受けたことを理由に損害賠償等を請求する訴えを提起したのが本件です。

 裁判所はいずれの請求も棄却しているのですが、損害賠償請求との関係では次のような判断を示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、要旨、被告Bに、

〔1〕本件居酒屋内において、『肌がきれい』等の性的な発言をされて、右頬をさすられたほか、キスをするようしつこく言われ、被告Bの頬にキスをさせられた、

〔2〕本件ホテルに連れ込まれそうになり、本件ホテル敷地内で被告Bと揉みあいになったが、その場から逃げることができた

旨主張し、それに沿った供述をする。」

「しかしながら、以下に述べる理由によれば、原告の前記供述は、にわかに採用することはできない。他に原告が主張する事実を認めるに足りる証拠はない。」

「(ア)原告の記憶の状況に問題があること

「原告は、当時、飲酒のため、相当程度酩酊し、本件居酒屋のトイレで嘔吐するほどであった。そのため、原告は、本件居酒屋での出来事の途中から本件ホテルの前の出来事までの間の記憶がないと供述しており、そもそも本件不法行為に関する原告の記憶の状況は良好とはいい難い。このことは、原告において記憶があるとする本件ホテル付近での出来事についても同様である。すなわち、原告は、令和4年10月8日、姉に対して、『社長と飲んで気づいたらホテル連れ込まれそうになって必死に逃げてからメンタル崩壊して会社いけない』とのメッセージを送信しているほか、同月13日、受診したクリニックの医師に対しても、『勤務先の社長を含めて三人で飲んでいたが社長にホテルに連れて行かれそうになった。』という趣旨の説明をしており・・・、本件ホテルに入ったとは説明していなかったが、令和7年4月2日付の陳述書・・・では、『なお、私自身の記憶もはっきりしないのですが、もしかしたら被告Bとホテルのロビーにいったん入りそこから逃げ出しスロープ上で捕まったのかもしれません。なぜなら、ぼんやりとホテルのロビーの風景の記憶があるからです。ただ、はっきりと記憶があるのは前述したとおりスロープ上で被告Bから腕をつかまれている状況からです。』との説明をしており、本件ホテルでの出来事についても、原告の記憶が曖昧であることが明らかである。」

「このような原告の記憶の状況を踏まえれば、原告の供述の信用性は慎重に検討する必要がある。」

「(イ)裏付けとなる的確な証拠が存在しないこと」

「本件不法行為に関しては、防犯カメラ映像等の客観的証拠がないだけでなく、本件不法行為があったとする時期から間もない時期において、原告は、姉や診察を受けた医師に対して、被告Bからホテルに連れ込まれそうになって必死に逃げたという趣旨の説明をするだけであり・・・、被告Bと揉みあったとか、腕を引っ張られたとかの暴行に関する具体的な説明はしていなかった。また、原告は、本件居酒屋でのキス等に関する出来事については、全く説明していなかった・・・。さらに、警察による実況見分の際も、原告は、腕を引っ張られたと説明するのみで、揉みあった際の具体的状況は説明していなかった・・・。」

「なお、原告は、被告Bの暴行による怪我(あざ)の写真等・・・を証拠として提出するが、これらの写真は、本件不法行為があったとされる日の5日後に撮影されたものであること、原告自身、どのあざが被告Bの行為によるものなのか的確に説明できていないこと(原告本人)、前記写真に写っているあざが、さほど重篤なものではない上、本件不法行為があったとされた日に、原告が嘔吐するほど酩酊していたことからすれば、他の場面であざができた可能性も十分にあることも併せ考慮すれば、前記写真に写っているあざが、被告Bの暴行によるあざであることが明らかであるとはいえず、結局、原告の供述を裏付けるものとはいえない。」

「このように、事案の性質上、裏付け証拠が乏しいことは致し方ない面があるものの、原告の供述を裏付ける的確な証拠が乏しいことは否定し難い。」

「(ウ)被告Bの供述の信用性を否定することができないこと」

「被告Bは、本件居酒屋から本件ホテル付近に向かった経緯について、前記・・・記載のとおり主張し、これに沿った供述をするところ、被告Bの行動は、合理的とはいい難く、不自然な面も多々あるものの、当時、被告Bは泥酔状態にあり・・・、原告も相当酩酊していたことを踏まえれば、被告Bの供述は、直ちに信用できないものとはいえない。」

「すなわち、被告Bは、本件居酒屋から本件自宅に帰るため、タクシーに乗ったと供述するところ、前記供述は、本件居酒屋から見た本件自宅及び本件ホテルの方角・・・からして、全くあり得ないこととまではいえない。また、原告が相当酩酊していたことを踏まえれば、原告が本件ホテルの前に座り込んで動かず、その後、本件バッグを置いたまま、どこかへ、ふらふらと歩いて行ってしまったとする点は、それなりにあり得る状況といえる。なお、この点について、原告は、『ラブホテル(本件ホテル)の入口に続くスロープの上で意識を取り戻しました。被告Bから腕をつかまれ引っ張られていましたが、私は、ホテルに連れていかれることを防ぐために、床に座り込んでスロープの手すりにしがみつき、家に帰らせてくださいと何回か言いました。』(甲33・2、3頁)と供述するが、原告は、当時、意識を喪失していたのではなく、アルコールの影響により酩酊状態となり判断能力が低下していたものと考えられるから、突如として本件ホテルの前で意識を取り戻したかのような原告の説明は、不自然な感が否めない。加えて、被告Bが、原告を酩酊させた上で性行為を行おうと考えていたのであれば、被告Bまでもが泥酔状態になってしまうというのは不自然であること等の事情も併せ考慮すれば、被告Bの供述は、直ちに信用できないものとはいえない。」

「(エ)まとめ」

「原告の記憶状況が良好とはいい難く、原告の供述の信用性は慎重に検討すべきであるところ、原告の供述を裏付ける的確な証拠が存在しないことに加えて、被告Bの供述の信用性が否定できず、その弁解を排斥できないことによれば、原告の供述は、にわかに採用することはできない」

3.被害者供述の信用性と行為者供述の信用性

 裁判所は行為者供述(被告供述)の信用性について、合理的とはいい難く、不自然な面も多々あることを指摘ながらも、被害者供述(原告供述)は採用できないとして、原告の供述に添った事実は認められないと判示しました。

 行為者供述の信用性が全面的に排斥されているわけではありませんが、行為者供述に多少おかしなところがあっても、それと被害者供述に信用性が認められるのかは別の問題であることを示した一例として、裁判所の判断は、行為者側で問題に対処する場面で実務上参考になります。