1.長時間労働と慰謝料
労働契約法5条は、
「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」
と規定しています。
また、最二小判平11.3.24民集54-3-1155 労働判例779-13 電通事件は、
「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである。労働基準法は、労働時間に関する制限を定め、労働安全衛生法六五条の三は、作業の内容等を特に限定することなく、同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているが、それは、右のような危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解される。これらのことからすれば、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。」
と判示しています。
こうした法令、判例があることから、長時間労働によって精神疾患を発症したり、自殺したりした場合には、慰謝料を請求することができます(自殺事案の場合、死亡慰謝料を請求する主体は遺族になります)。
しかし、精神疾患の発症を伴わない場合、慰謝料請求まで認められる事案は、それほど多くはありません。最近、幾つかの認容例は出現していますが、一般的とまでは言えないのが実情です。
精神疾患の発症がなくても長時間労働は労働者の人格的利益を侵害する – 弁護士 師子角允彬のブログ
長時間労働を理由とする慰謝料請求-精神疾患の発症なし、月30~50時間の水準の残業でも可能とされた例 – 弁護士 師子角允彬のブログ
このような状況のもと、近時公刊された判例集に、精神疾患発症との因果関係を否定しつつ、長時間労働による慰謝料請求を認めた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令7.9.10 グッドヌードルイノベーション事件です。
2.グッドヌードルイノベーション事件
本件で被告になったのは、ラーメン店を営む株式会社です。
原告になったのは、被告との間で有期労働契約を締結し、1か月単位変形労働時間制のもと、店舗業務や本社業務に従事していた方です。変形労働時間制の効力を否定して未払割増賃金や付加金等を請求するとともに、長時間労働を理由として慰謝料等を請求する訴えを提起したのが本件です。
本日、注目したいのは、慰謝料請求についての判示です。
裁判所は、次のとおり述べて、慰謝料請求を認めました。
(裁判所の判断)
「使用者は、その雇用する労働者が業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の生命、身体の安全を損なうことがないよう配慮する義務を負っているものというべきである(労働契約法5条参照)。」
「別紙7『裁判所 金額シート』のとおり、令和2年5月から令和4年5月までの間において、原告の法外残業及び休日労働の合計時間が80時間を超える月は8か月に上り、その合計時間が70時間を超える月も8か月あり、その合計時間が60時間を超える月も6か月ある上、令和3年11月から令和4年4月までの6か月間の法外残業及び休日労働の合計時間は、473時間30分で、1か月当たりの平均は、78時間55分となっている。さらに、原告は、同年2月には、24日間にわたり連日勤務をしている。原告は、同年4月20日、勤務中に胸の痛みと目眩で倒れ、救急搬送され、同年5月29日、散歩中に意識を失い、救急搬送されていることが認められるが・・・、その原因としては、原告が上記のとおり長時間労働していたこと以外は見当たらない。」
「そして、被告は、原告に勤務日や勤務時間の決定に一定の裁量を与えていたものとは認められるものの、原告の勤務状況を注視せず、必要な人員配置の検討をするなどの対応をせず、原告の長時間労働を防止するための配慮を欠いたといわざるを得ず、原告に対する安全配慮義務に違反したものと認められる。」
「被告の安全配慮義務違反により、原告は、2度にわたり倒れ、救急搬送されており(なお、長時間労働等により、原告が急性ストレス反応や双極性障害を発症したことを認めるに足りる証拠はない。)、原告の被った精神的苦痛を金銭に換算すると、30万円が相当である。また、3万円の弁護士費用も被告の安全配慮義務違反と相当因果関係のある原告の損害であると認められる。」
3.精神疾患との因果関係が否定されているが、慰謝料請求が認められた
以上のとおり、裁判所は、精神疾患の発症との因果関係を否定しつつも、慰謝料請求を認めました。
二度の救急搬送が事実として認定されているため、単純な長時間労働ではありませんが、精神疾患との因果関係が認められないことを前提としつつ、慰謝料請求が認められている点は注目に値します。
本件は、長時間労働を理由として慰謝料請求をして行くにあたり、実務上参考になります。
