1.退職後の競業避止義務を定める合意
会社と従業員との間で交わされる退職後の競業避止義務を定める合意の効力は、一般に、次のとおり理解されています。
「就業規則によって退職後の競業行為を禁止したとしても、退職後には労働者に職業選択の自由(憲22条)が保障されていることに照らし、その競業禁止規定の効力を無制限に認めることはできない。多くの裁判例は、①退職時の労働者の地位・役職、②禁止される競業行為の内容、③競業禁止の期間の長さ・場所的範囲の大小、④競業禁止に対する代償措置の有無・内容等を考慮し、合理的な範囲でのみ競業禁止の効力を認めている・・・。なお、最近の裁判例は、制限の期間、範囲を必要最小限にとどめることや、一定の代償措置を求めるなど、厳しい態度をとる傾向にあると指摘されている。」(佐々木宗啓ほか『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕595頁参照)。
この「代償措置」については、二つの設計の仕方があります。
一つは、積極的に何等かの給付を与えるとする考え方です。競業をしない代わりに、金〇円を与えるといったようにです。
もう一つは、競業した場合に与えた利益を剥ぎ取るというものです。例えば、競業が発覚した時には退職金の返還を求めるといったようにです。競業しなければ退職金を維持できることと比較すると、この種の仕組みも競業をしないことによる代償という見方ができるかも知れません。
しかし、近時公刊された判例集に、剥ぎ取り型の仕組みについて代償措置とは認めなかった裁判例が掲載されていました。東京地判令6.9.24労働判例1245-56 ビットウェア元従業員ら事件です。
2.ビットウェア元従業員事件
本件は会社が元従業員を訴えた事件です。
原告になったのは、コンピューターハードウェア・ソフトウェアの開発等を目的とする株式会社です。
被告になったのは、
原告の代表取締役退任後、従業員として働いていた方(被告P1)
被告P1の部下として働いていた方(被告P3)
の二名です。
営業秘密を使用して業務を受注したことが不正競争防止法上の不正競争行為にあたる、就業規則の競業禁止規定に違反するなどと主張し、本件の原告は、被告らを相手取って、損害賠償を請求する訴えを提起しました。
本日、注目したいのは、競業禁止規定の効力です。
被告の就業規則には、次のような定めがありました。
(就業規則の定め)
第36条 従業員は在職中、退職後2年間は、会社と競業する企業に就職したり、役員に就任するなど直接・間接を問わず関与したり、または競業する企業を自ら開業したりしてはならない。なお、本条に違反した場合は、それにより会社が被った一切の損害を賠償する責任を負う。
裁判所は、次のとおり述べて、この就業規則の退職後の競業禁止の効力否定しました
(裁判所の判断)
「本件就業規則36条は、『従業員は在職中、退職後2年間は、会社と競業する企業に就職したり、役員に就任するなど直接・間接を問わず関与したり、または競業する企業を自ら開業したりしてはならない。』と規定しているところ(本件競業禁止規定)、労働者は、労働契約において、その在職中、使用者に対する誠実義務及び職務専念義務を負っていると解されること(労働契約法2条2項参照)を考慮すると、本件競業禁止規定のうち、従業員が、その在職中、システム開発等の業務を行うなどの点において原告と競業する企業(以下、単に『競業企業』という。)に就職するなどの関与をすることを禁止する部分については、合理的な労働条件を定めたものと認められるから労働契約の内容となり(同法7条)、被告P1及び被告P3は、本件競業禁止規定に基づく義務を負うというべきである。」
「他方で、使用者と労働者の間に、労働者の退職後の競業避止義務を定める合意があり、それが使用者の正当な利益の保護を目的とするものであったとしても、何人にも職業選択の自由が保障されていること(憲法22条1項)からすれば、労働者の契約期間中の地位、競業が禁止される業務、期間、地域の範囲、雇用者等による代償措置の有無等の諸事情を考慮し、その合意が合理性を欠き、労働者の上記自由を不当に害するものであると認められる場合には、公序良俗に反するものとして無効となると解すべきである。そして、本件においては、原告と被告P1及び被告P3との間で競業避止義務を定めた個別の合意はされていないことから、本件就業規則中の本件競業禁止規定につき、基本的には前記の諸事情を考慮してその効力を検討し、労働契約法7条に基づいて原告と被告P1及び被告P3との間の労働契約の内容となるかを判断するのが相当であるが、本件就業規則はパートタイム労働者等を除く原告の全ての労働者に適用されるものであるから(本件就業規則2条)、その合理性を検討する際に、特定の労働者の契約期間中の地位や代償措置の内容等の個別事情を考慮することはできないというべきである。」
「本件競業禁止規定は、その文理に照らせば、在職期間中の地位、役職等に関係なく、退職後にその職種や態様を問わず、競業企業に直接又は間接に関与する行為を包括的に禁止するものであり、特に、被告P1及び被告P3を含む原告のSEについては、人材派遣会社から競業企業に派遣されることにより、又は個人的な紹介等を通じて、競業企業の指示の下にシステム開発等の業務の一部に従事するにすぎないような場合であっても、禁止の対象とするものと解さざるを得ず、SEが退職後にその知識、技術、経験を生かしてシステム開発等の業務を継続することを事実上不可能とする点において、競業が禁止される業務の範囲が広汎に過ぎるものといわざるを得ない。また、本件競業禁止規定の定める競業が禁止される期間は2年とされているところ、証拠(被告P1、被告P3)及び弁論の全趣旨によれば、システム開発の分野においては、その技術等の進歩が速く、競争が激しいことが認められることを考慮すると、原告のSEは、原告を退職してから上記期間が経過するまでの間に、SEとして活動することができず、その知識、技術、経験等が陳腐化することなどによって、その後、再びSEとして活動することについて困難を来す可能性も否定できない。そして、本件競業禁止規定においては、競業が禁止される地域の範囲についての限定も一切されていない上、本件就業規則51条においては、退職金を支給しないことが明文で定められており、従業員が本件競業禁止規定の適用を受けることの代償措置があるなどの事情もうかがわれない。」
「以上の事情を総合的に考慮すると、本件競業禁止規定のうち退職後の競業避止義務を定める部分は、合理性を欠き、労働者の職業選択の自由を不当に害するものであるから、公序良俗(民法90条)に反し、無効となるというべきである。」
3.就業規則51条の文言は不明であるが・・・
判決文には就業規則51条の引用がなく、同条の文言は判然としません。
しかし、判決の書きぶりからすると、競業した場合に退職金を支給しないことを内容としているように思います。
この剥ぎ取り型の仕組みについて、裁判所は「代償措置があるなどの事情もうかがわれない」という評価をしました。
競業を禁止するにあたり剥ぎ取り型の仕組みを設けている企業はそれなりに見かけます。裁判所の判断は、競業禁止契約(競業禁止規定)の効力を争って行くにあたり、実務上参考になります。
