1.自然退職と解雇
自動的に退職することを「自然退職」といいます。
自然退職は私傷病休職の場面で使われることが多く見られます。
例えば、厚生労働省が作成しているモデル就業規則の第9条3項は、
「第1項第1号により休職し、休職期間が満了してもなお傷病が治癒せず就業が困
難な場合は、休職期間の満了をもって退職とする。」
と規定しています。この場合、傷病が治癒していなければ、休職期間の満了をもって、自動的に退職します。雇用契約を終了させるにあたり、改めて解雇の意思表示をする必要はありません。
しかし、解雇でないことから自然退職には解雇権濫用法理の射程も及ばないとなると、 自然退職規定が解雇権濫用法理を潜脱する手段になってしまいます。
こうした問題意識は以前から指摘されてきました。例えば、東京地判昭59.1.17労働判例423-23 エール・フランス事件は、
「自然退職の規定は、休職期間満了時になお休職事由が消滅していない場合に、期間満了によって当然に復職となったと解したうえで改めて使用者が当該従業員を解雇するという迂遠の手続を回避するものとして合理性を有するものではあるが、本件におけるように、病気休職期間満了時に従業員が自己の傷病は治癒したとして復職を申し出たのに対し使用者の側ではその治癒がまだ充分ではないとして復職を拒否する場合の同規定の適用解釈にあたっては、病気休職制度は傷病により労務の提供が不能となった労働者が直ちに使用者から解雇されることのないよう一定期間使用者の解雇権の行使を制限して労働者を保護する制度であることに思いを至せば、右に述べた自然退職の規定の合理性の範囲を逸脱して使用者の有する解雇権の行使を実質的により容易ならしめる結果を招来することのないよう慣重に考慮しなければならない。」
「したがって、使用者が従業員の復職の可能性を否定して更に休職期間を延長するのであればともかく、復職を否定して休職期間満了による自然退職扱にする場合にあっては、被申請人の主張するごとく、会社が客観的に当該従業員が原職に復帰しうると認める保障のない限り復職させる義務を会社に負わせるものではなく休職期間の経過により自動的に退職の効果が発生すると解することは、復職を申し出る従業員に対して客観的に原職に復帰しうるまでに傷病が治癒したことの立証の責任を負わせることとなり、休職中の従業員の復職を実質的に困難ならしめる場合も生ずることになるから妥当ではなく、使用者が当該従業員が復職することを容認しえない事由を主張立証してはじめてその復職を拒否して自然退職の効果の発生を主張しうるものと解するのが相当である。」
と判示し、自然退職の効果の発生に一定の枷を嵌めています。
以上は私傷病休職の場合ですが、営業職の自然退職については、どのように考えられるのでしょうか? 労働契約において、一定の基準が定められ、その基準に達しなければ雇用関係が終了するとなっていた場合、解雇権濫用法理の適用はあるといえるのでしょうか?
この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令7.8.15労働経済判例速報2606-3 日本生命保険相互会社事件です。
2.日本生命保険相互会社事件
本件で被告になったのは、生命保険業の業務を行うことを目的とする相互会社です。
原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、保険営業の業務に従事していた方です。原告が被告と交わした雇用契約書には、
「資格選考において、本人の活動成果等が、営業職員就業規則に定める基準に達しない場合には、選考月の前月末をもって、営業職員の資格を失い、本契約は終了する」
と定められていました。被告が基準未達を理由に雇用契約を終了扱いとしたところ(本件雇用終了扱い)、原告の方は、これを解雇であるとしたうえ、その効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起しました。
本件では雇用終了扱いに解雇権濫用法理が適用されるのか否かが争われました。
結論として原告の請求は棄却されたものの、裁判所は、次のとおり述べて、解雇権濫用法理の適用を認めました。
(裁判所の判断)
「被告は、本件雇用終了扱いは、解雇ではなく、本件雇用契約における本件終了規定の条件が成就したことによって生じた効果であり、解雇権濫用法理は適用されない旨主張する。」
「しかし、本件雇用終了扱いは、原告の営業成績が一定の基準に達しないこと、すなわち、営業成績が不良であることを理由として、原告の意思に反して本件雇用契約を一方的に終了させるものであって、状況としては労働者の能力不足による解雇に類似する。加えて、前記認定事実・・・及び・・・のとおり、原告の営業成績が本件職選基準を達成していない場合であっても、被告は、コロナウイルス感染症が蔓延する状況下や特認申請の承認がされたときには本件終了規定を適用せず、本件雇用契約を終了させることはなかったのであるから、本件雇用契約の終了については、被告による一定の裁量的判断が介在しているというべきであって、本件終了規定の効果によって本件雇用契約が常に当然に終了するともいえない。」
「したがって、本件雇用終了扱いにも解雇権濫用法理は適用され、本件雇用契約を終了させるには客観的に合理的な理由及び社会通念上の相当性を要すると解するのが相当である。」
「他方、前記前提事実・・・のとおり、保険営業を行う営業職員の賃金の大部分は、営業成績等に基づく歩合給の性質を有した諸手当等によって構成され、また、営業職員は相当の裁量をもって営業活動を行っていたことからすれば、営業職員は保険営業により一定の水準の売上を挙げることが求められていたといえるところ、被告は、営業成績の如何にかかわらず、基本給及び最低賃金を保障するための最低保障手当を支給することとしているのであるから、所定の期間内に一定の営業成績を達成できないことを理由として雇用契約の終了を定める本件終了規定に合理性・必要性がないとはいえない。」
「したがって、本件終了規定について、その全部が公序良俗に反して無効であるということはできないが、かかる規定を適用して雇用契約を終了させるに当たっては、上記のとおり客観的合理的理由及び社会的相当性を要すると解すべきであり、本件終了規定は、その趣旨を定める限りで有効と解されるものというべきである。」
3.自然退職的な規定を設けたところで解雇権濫用法理の適用は免れない
以上のとおり、裁判所は自然退職的な規定を設けたところで、解雇権濫用法理の適用は免れないと判断しました。
これは解雇規制の潜脱を防ぐうえで、意味のある判示だと思います。
裁判所の判断は、基準未達⇒自然退職としている会社に対し、雇用契約終了の効力を争って行くにあたり、実務上参考になります。
