取締役間で共有されてたにすぎない賃金テーブル(職能給テーブル)に基づく賃金減額が否定された例

1.就業規則や賃金規程との一体性が怪しい文書

 就業規則や賃金規程を運用して行くにあたっては、内部的な運用基準が作られることがあります。この内部的な運用基準の中には、一般労働者には公開されておらず、経営陣のみが把握しているものもあります。

 しかし、労働基準法106条1項が、

「使用者は、この法律及びこれに基づく命令の要旨、就業規則、・・・を、常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること、書面を交付することその他の厚生労働省令で定める方法によつて、労働者に周知させなければならない

と規定していたり、労働契約法7条本文が、

「労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする」

と規定していたりすることを考えると、労働条件を規律する就業規則は基本的に労働者に周知されていなければならず、非公開の文書や内規では就業規則との一体性に疑義が生じます。

 それでは、こうした文書を「単なる運用基準だから」との理由で労働条件を不利益に変更する根拠として使うことは認められるのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるうえで参考になる判断を示した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令7.7.18労働経済判例速報2605-3 テクトロン事件です。

2.テクトロン事件

 本件で被告になったのは、コンピュータ機器の販売等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告で第一営業部次長の役職にあった方(原告P1)と同部課長の役職にあった方(原告P2)の2名です。原告P1、原告P2はいずれも接待交際費の不正受領を理由に懲戒解雇されています。

 本件では、

原告P1が被告に対して地位確認等を請求した事件(第1事件)、

実態のない接待交際費を支給させられたこと等を理由として被告が原告らに損害賠償を請求した事件(第2事件)

原告P2が被告に対して地位確認等を請求した事件(第3段落)

の三つの事件が併合審理されています。

 第1事件との関係で言うと、原告P1は、解雇無効を理由として地位確認を請求するとともに、営業推進部部長から第一営業部次長への配転や、これに伴う賃金(役職手当)減額の効力も問題にしました。

 また、第3事件との関係において、原告P2も、解雇無効を理由として地位確認を請求するとともに、第二営業部次長から第一営業部課長への配転や、これに伴う賃金(役職手当)減額の効力も問題にしました。

 裁判所は配転命令の効力を有効とする一方、次のとおり述べて賃金減額の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「人事権の行使ないし業務命令としての配置転換及び降格が許されるとしても、賃金は労働者にとって最も重要な条件の一つであるから、賃金の減額は、労働契約上の根拠がない限り使用者が一方的に行うことはできない。」

「被告は、この点について、役職手当は賃金規程上、専ら役職・職務に伴って支払われるものとされており、役職とそれに応じた役職手当の金額の支給基準として職能給テーブルが定められていたことからしても、職位・役職の変動と支給額が密接不可分であるから、役職手当の減額は労働契約上予定されている旨主張する。」

「しかし、前記前提事実・・・のとおり、被告の賃金規程においては、役職手当を管理職及び主任に支給する旨の規定はあるものの(第16条)、役職の内容と役職手当の金額の具体的な対応関係を示した定めは置かれていない。たしかに、被告は職能給テーブルを設け、役職や等級ごとに役職手当の支給基準を定めていたことが認められるが・・・、当該職能給テーブルは就業規則や賃金規程に定められたものではなく、被告の主張によっても、取締役間で共有されていたものにすぎず、従業員が利用できるイントラネット等に掲示がされていたものではないというのであるから、その内容が従業員に周知されていたとはいえない。したがって、職能給テーブルが就業規則や賃金規程と一体のものになっていたということはできず、役職手当を減額するための根拠としては不十分といわざるを得ず、ほかに職位・役職と役職手当の対応関係や役職手当の減額事由が労働契約の内容になっていたと認めるに足りる証拠はない。

そうすると、前記・・・のとおり、人事権の行使によって配置転換及び役職を変更する降格が許されるとしても、被告においては、降格に伴って役職手当を減額する労働契約上の根拠がないといわざるを得ない。

また、役職手当の減額に明示的に異議がなかったことをもって、原告らの同意があったということもできない。

以上によれば、原告らに対する役職手当の減額は無効というべきである。

3.周知させている文書でもダメであるのだから・・・

 以前、

一方的に資料を全従業員に周知させても、書かれている内容は労働契約の内容にはならないとされた例 – 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事を書きました。

 一方的に作成した内規を全従業員に周知させたところで、内規は飽くまでも内規であって労働契約内容にはなりません。まして、労働者への周知措置をとってすらいない文書が、労働契約の内容を変更する根拠になるはずがありません。

 裁判所の判断は、見たことのないルールに基づいて賃金が減らされている場合に、その効力を争うにあたり、実務上参考になります。