公務員への降任勧奨-自主降任はしたくないという明示の意向に合致していないにもかかわらず、自主降任の勧奨が適法とされた例

1.退職勧奨/自主降任勧奨

 退職勧奨の許容性については、一般に次のように理解されています。

「退職勧奨は,基本的に労働者の自由な意思を尊重する態様で行われる必要があり,この点が守られている限り,使用者はこれを自由に行うことができる。」

(中略)

「これに対し,使用者が労働者に対し執拗に辞職を求めるなど,労働者の自由な意思の形成を妨げ,その名誉感情など人格的利益を侵害する態様で退職勧奨が行われた場合には,労働者は使用者に対し不法行為(民法709条)として損害賠償を請求することができる。例えば,労働者が退職しない旨を表明しているにもかかわらず長時間・長期間にわたり勧奨を繰り返した事案,暴力,無意味な仕事の割当てによる孤立化等の嫌がらせを伴って退職勧奨が行われた事案,労働者の名誉感情を不当に害する屈辱的な言辞を用いて繰り返し執拗に退職勧奨が行われた事案,上司らが繰り返し辞職を迫り考慮の機会を与えないままその場で退職願の作成等の手続をさせようとした事案などで,社会通念上相当と認められる範囲を超えた違法な退職勧奨であるとして不法行為に基づく損害賠償請求が認められている。」(以上、水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第3版、令5〕1039-1040頁参照)。

 上述の指摘からも分かるとおり、労働者の自由な意思を侵害するような退職勧奨は許容されません。応じられないと明示的に言っているにもかかわらず継続された退職勧奨の適法性には疑義があります。

 以上の理は退職勧奨についてのものですが、自主的な降任や降格を迫る場合にも当てはまると考えて良いように思います。

 しかし、近時公刊された判例集に、自主降任はしたくないとの意向を明示していたにもかかわらず、自主降任の勧奨を行ったことが適法だと判示された裁判例が掲載されていました。静岡地判令7.10.10労働判例ジャーナル167-28 静岡県事件です。

2.静岡県事件

 本件で原告になったのは、静岡県警察に所属し、警部の地位にあった方です。

 上司らから違法な降任勧奨を受け、真意に基づかない自主降任の申出をさせられたなどと主張し、県等を相手取り、

損害賠償を請求するとともに、

警部補に降任させる降任命令は無効であるとして警部補の階級にあることの確認を請求した事件です。

 本件の被告は自主降任をしたくないと明示的に表明していましたが、裁判所は、次のとおり述べて、降任勧奨は適法だと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、9月27日以降に行われた被告警察官らによる執拗な自主降任の強要行為が違法であるとして、国家賠償法又は共同不法行為による損害賠償を求めている。」

「退職勧奨あるいは降任勧奨は、対象とされた者の自発的な退職あるいは降任申請を求める説得活動であるところ、これに応じるか否かは、対象とされた者の自由意思に委ねられるべきものであるから、退職勧奨あるいは降任勧奨に際して、対象とされた者の自発的な退職あるいは降任意思の決定を促すために相当と認められる限度を超えて、対象とされた者に対して不当な心理的圧迫を加えたり、その名誉感情を害するような言動を用いたりすることによって、その自由な意思決定を困難にすることは許されない。」

「したがって、相当と認められる限度を超えた退職勧奨や降任勧奨及びそれらの手段として用いられた私生活への介入は、違法な権利利益の侵害として不法行為を構成するものというべきであり、このことは、警察官に対してなされた場合にも同様であるといえる。」

「これを本件についてみると、前記認定事実のとおり、原告は、第1期訓練の終了に当たって実施された3月27日のh課長及び被告aとの三者面談以降、被告警察官らから複数回にわたって警部から警部補への自主降任を勧奨されているものの、それに応じる意向を示しておらず、警部補への自主降任をすることは、原告の明示の意思には合致していなかったことが認められる。」

「しかしながら、原告において、当時の客観的な状況として、平成23年4月の警部昇任後ほどなくしてうつ病と診断され、途中約1年の職場復帰を挟んではいるものの、平成25年9月からうつ病を理由とする特別休暇及び2度にわたる休職処分を経て、その療養期間が相当程度長期間となっていたこと、本人の認識はともかく、原告の職場復帰訓練中の執務状況が警察組織の求める警部職としての役割を十分に果たせているとは評価できない状態であり、そうであるにもかかわらず、原告はその自覚が乏しかったこと、被告警察官らやi警部補は、そのような状況下で警部として職場復帰することについて、再度の体調不良に陥る可能性を懸念していたこと、現実に、原告は、原因は必ずしも明らかではないものの、職場復帰から約1か月で体調不良が顕著となり、1か月を超える長期間の有給休暇を取得する状況になっていたことなどといった事情が存在していたことに照らせば、原告の心身の安全に配慮すべき立場である被告警察官らやh課長、i警部補においては、警部職としての復職、業務継続を通じて原告が再び体調を崩すことを現実的な懸念事項として考え、そのような事態を避けるための方策を講じる必要があったといえるから、原告自身が警部職からの降任を積極的に望んでいないとしても、現実的な選択肢として自主降任を検討するように働きかけることには十分な合理性があったということができる。」

「そして、前記認定事実のとおり、証拠から認められる面談機会を設けた上での被告警察官らからの自主降任の勧奨は、〔1〕3月27日の原告、被告a及びh課長とで行われた三者面談以降、〔2〕3月29日、〔3〕5月28日、〔4〕9月27日、〔5〕10月2日の5回であって、約半年間という期間に照らして、その回数も特に多いとはいえないし、実施された時期も職場復帰訓練の終了に合わせたもの(第1期:〔1〕・〔2〕、第2期:〔3〕)や、職場復帰した直後に原告の体調不良が顕著になり、長期の有給休暇を取得するようになったタイミングで行ったもの(〔4〕、〔5〕)であり、長期間にわたり継続的な自主降任の勧奨が執拗に行われていたということもできない。特に、2回目の休職処分からの復帰前の降任勧奨(上記〔1〕ないし〔3〕)と異なり、上記〔4〕、〔5〕の降任勧奨は、警部として職場復帰した場合には再度の体調不良に陥る可能性が懸念されていた中で、複数回にわたる自主降任勧奨があったにも拘らず、最終的には原告の意向に沿った形で警部職での職場復帰が果たされた直後、体調不良を来して連続で有給休暇を取得するようになったという、ある意味で想定していた懸念が現実化したという状況下において、実際に原告が執務に耐えられていないという現状を踏まえて行われている自主降任の勧奨であり、原告が自主降任を考えていないという事情を踏まえても、改めて自主降任を勧奨する合理的理由や必要性があったというべきである。」

「なお、原告は、被告bが10月3日にも自主降任を要求していたことは証拠・・・から明らかであると主張する。しかしながら、原告の指摘に係る被告bの発言は、その前後も合わせてみれば、原告に作成を指示した原告名義の報告書・・・の内容に関してされたものであることがうかがわれ、原告が警部職で復職したことを前提として、症状が悪化した場合は自主降任も再検討したいとの趣旨の記載に言及しているものといえるから、これをもって被告bによる降任勧奨が行われたものということはできない。また、原告は、h課長が『何度か』自主降任を勧奨したことを認めていると・・・も指摘するが、h課長の供述によっても、個別に話す機会に重荷を下ろしたらどうかといったことがある程度であり、特段の面談機会を設定するなどして正式な形で勧奨が行われていたものではないし、原告がh課長から違法な自主降任勧奨を受けていたと具体的に主張しているものではないなどといった事情も合わせてみれば、前記判断を左右する事情であるということはできない。」

「そして、上記のような降任勧奨の機会における被告警察官らの言動も、特に声を荒げたりすることなく、概ね平穏かつ理性的に行われており、原告の感じ方はともかく、客観的にみて、それ自体が直ちに原告の意思を抑圧するような形で行われていたということもできない。この点、原告は、10月2日の被告aらとの面談の際、被告bが机を叩きながら発言するなど威圧的な態度であったことを指摘するところ、証拠・・・によっても被告bが机を叩きながら発言していたことを直ちに認めることはできないし、原告が指摘する音が被告bが机を叩く音だとしても、面談中における一場面のことであるし、原告は同面談を通じて自主降任に応じる意向はないとの考えを維持し、最終的にその判断を前提として本件職務命令がされるに至っているのであるから被告bの同行為によって原告の意思が殊更に抑圧されていたということもできず、原告の上記指摘は判断を左右するものではない。」

「加えて、これらの面談の機会のうち、特に、9月27日の被告cらとの面談、及び10月2日の被告aらとの面談の機会は1時間を超えるものとはなっているが、前記説示のとおり、これらの面談は、かねての懸念が現実化して原告が職場復帰の直後に長期の有給休暇を取得するような状況になったことを踏まえて行われたものであり、自主降任を勧奨すべき合理的理由や必要性があったことに照らせば、ある程度面談時間が長くなることもやむを得ないし、これらの面談の最中、被告警察官らが一方的に自主降任を求め続けていたという事情もうかがわれないから、面談時間が長時間に及んでいることを踏まえても、前記判断は左右されるものではない。」

「以上に照らせば、被告警察官らが行った原告への自主降任の勧奨は、自主降任はしたくないという原告の明示の意向に合致していないものであったとはいえるものの、その時点における原告の客観的な状況を踏まえれば降任を勧奨する合理的理由があったことや、勧奨の頻度や方法などに照らすと、社会通念上相当と認められる限度を超えたものであるということはできないから、被告警察官らの行為が国家賠償法又は不法行為法上の違法な行為であるとはいえない。これらを理由とする原告の損害賠償請求は理由がない。」

3.本当に民間と同様の基準が採られているのか?

 裁判所は「警察官に対してなされた場合にも同様であるといえる」と民間と同様の基準で降任勧奨行為の適法性を判断しているように見えます。

 しかし、原告の方が明示的に自主降任に応じないことを示し続けている中、約半年間に渡り5回も面談で自主降任を求め続けることが、なぜ自由な意思決定を困難にしていないと評価できるのかは率直に言って良く分かりません。私自身の個人的な実務感覚ではありますが、民間企業で類似のことをしていれば、違法だと判示されていた可能性が高いのではないかと思います。

 それが許容されている理由が公務の特殊性によるものであるとするならば、公務員の方の労働環境は民間に比べて随分と過酷だなと思います。