1.外国人労働者からパスポートを預かる問題
使用者が外国人労働者からパスポート(旅券)を預かるという問題があります。
その目的は逃亡の防止にあります。
冗談のように聞こえるかも知れませんが、これは割とメジャーな問題で、法的な規制の対象となっています。
例えば、技能実習法(外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律)48条は、
「技能実習を行わせる者若しくは実習監理者又はこれらの役員若しくは職員・・・は、技能実習生の旅券・・・又は在留カード・・・を保管してはならない。」
「技能実習関係者は、技能実習生の外出その他の私生活の自由を不当に制限してはならない。」
と規定しています。
また、平成19年8月3日 厚生労働省告示第276号「外国人労働者の雇用管理の改善等に関して事業主が適切に対処するための指針」は、
「事業主は、外国人労働者の旅券、在留カード等を保管しないようにすること。また、外国人労働者が退職する際には、労働基準法の定めるところにより当該外国人労働者の権利に属する金品を返還すること。また、返還の請求から七日以内に外国人労働者が出国する場合には、出国前に返還すること。」
と規定しています。
・外国人労働者の雇用管理の改善等に関して事業主が適切に対処するための指針(◆平成19年08月03日厚生労働省告示第276号)
問題になるという自覚があるからか、大抵の事業者は弁護士等の法律家が介入して返せと言えばパスポートを返してきます。そのため、この種の問題が裁判例として顕在化する例はそれほど多くはないのですが、近時公刊された判例集に、逃亡防止のため外国人労働者からパスポートを預かって返さないことに不法行為法上の違法性を認めた裁判例が掲載されていました。東京高判令7.9.11労働判例1344-16アドバンスコンサル行政書士事務所事件です。これは、以前、
外国人労働者からパスポートを預かって働かせるスキームが不法行為に該当するとされた例 – 弁護士 師子角允彬のブログ
という記事で紹介した地裁事件の控訴審です。
2.アドバンスコンサル行政書士事務所事件
本件で被告になったのは、行政書士の方です。
原告になったのは、フィリピン人女性です。被告との間で、委任契約、労働契約を締結し、被告事務所で勤務していたのですが、パスポート等の物品を預かり返してくれないことが違法だなどと主張して損害賠償を求める訴えを提起したのが本件です。
原審はパスポート不返却の違法性を認めましたが、慰謝料額が低額であったためか、被告だけではなく、原告からも控訴がありました。
このような状況のもと、高等裁判所は、次のとおり述べて、パスポート不返還の違法性を認めました。
(裁判所の判断)
「我が国の出入国管理法は、中長期的に我が国に在留する外国人について在留カード制度を採用するが、社会生活のあらゆる場面で在留カードをパスポートに代替できる仕組みになってはおらず、上記のようなパスポートの意義や機能、記載された情報の性質に鑑みれば、パスポートは、在留カード制度の下で我が国に中長期的に在留する外国人にとっても、自身が自身であることを証明し、国籍国の外交的保護下で出入国その他様々な行動の自由を享受する上で極めて重要な意義と機能を有する個人情報に係る物品であることが明らかである。本件指針(平成19年厚生労働省告示第276号)は、外国人労働者の雇用管理の改善などに関して事業者が適切に対処するための指針の一つとして、事業主が外国人労働者の在留カードのほかパスポート (旅券)を保管しないようにするよう求めるが、これも、我が国に中長期的に滞在する外国人労働者にとっての上記のようなパスポートの重要な意義や機能を踏まえたものと解される。」
「前記認定事実によれば、一審原告が、上記のような意義と機能、性質を有するパスポートを一審被告に預けたのは、就職先の見つからない自身を雇用し、在留資格変更手続も受任した一審被告に対する信頼を基礎とすると推認される。しかし、一審被告は、在留資格が変更された際、本件パスポート管理契約により一審原告のパスポートを返還しない理由として、『逃げちゃうでしょ』と答えている・・・。その趣旨は、会社のパソコンやお客さんのパスポート等を持ったまま逃げたりしたら困るという趣旨であるというのであるが(同前),上記パスポートの意義や機能に照らせば、パスポートを管理することで防止され得るのは『逃げる』ことであって、逃げる際に「会社の物品を持つこと」が
防止されるとは解されない。そうすると、上記発言は、上記パスポートの意義や機能を利用して一審原告が『逃げる』ことを防止する目的、つまり、本件労働契約に基づく使用従属関係に一審原告を置き続ける目的で本件パスポート管理契約を締結し、一審原告のパスポートを管理したことを自認するものといわざるを得ず、一審原告の一審被告に対する信頼を失わせたことは、前記認定のその後の経緯からも明らかである。」
「また、労働基準法5条は、『使用者は、・・・その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。』と定めるところ、これは、離職を希望する労働者の意思を抑圧して労働を強制することは許されないとの趣旨と解される。そして、外国人労働者を労働契約に基づく使用従属関係の下に置き続ける目的で、外国人労働者にとって重要な意義と機能を有するパスポートを管理するような行為が上記趣旨に沿うものとは解されず、一般市民社会において、一審原告のパスポートを管理することに関わる一審被告の利益を保護すべき合理的な理由はない。まして、本件パスポート管理契約によれば、一審被告のパスポート管理は、返還請求を受けない限り一審原告の退職後にも及ぶところ、一般市民社会において退職後に一審原告のパスポートを管理することに関わる一審被告の利益を保護すべき理由は何ら見当た
らない。」
「 一審原告は、今和元年7月19日,一審被告に対し、退職の意思表示とともにパスポートの返還を求めたが(認定事実(7)ア)、本件パスポート管理契約の約定(別紙2 『契約書抜粋』3)によれば、審原告がパスポートの所持を回復するためには、本件事務所を退職し、本件労働契約による使用従属関係を離脱して返還を請求するよりほかはなく、実際にも、一審原告は、そのために退職の意思表示をしたと認められる。本件労働契約は1年の有期契約であるから(前提事実(3)ア), 上記退職の意思表示は、合意解約を求める申込みの意思表示と解するのが相当であるが、これまで説示したとおり、預託の基礎となった信頼関係は失われ、上記目的でパスポートを管理する一審被告の利益を保護すべき合理的理由もないから、一審被告には、不法行為法上,上記申込みに応じ、パスポートを返還すべき信義則上の義務があったと解される。」
「そして、一審被告は、当初は本件労働契約の1年の期間を守るように回答したが・・・7月22日訪問では、パスポートの返還は上記と同じ理由で拒否したものの、業務上の連絡に使用していた携帯電話の返還と1年後に免除の有無が決まるとされる本件委任契約に基づく報酬40万円の支払を求め、9月9日訪問の際に携帯電話の返還を受け ・・・その後は本件事務所での稼働を求めた気配が見当たらない。上記のような一審被告の態度は、信義則に照らして合理的に解釈すれば、もはや一審原告に本件事務所での稼働を求めない意思を明らかにしたと解するのが相当であるから、本件労働契約は、携帯電話が返還された令和元年9月9日に合意により終了したと認めるのが相当である。」
「しかし、一審被告は、その後もパスポートの返還をせず、結局,一審被告がパスポートを返還したのは、返還を求める本件訴訟が提起されてから約7か月が経過し、上記返還請求からは1年以上が経過した令和2年8月25日であったものである・・・。」
「以上によると、本件において、一審被告は、一審原告を本件労働契約に基づく使用従属関係の下に置き続ける目的で本件パスポート管理契約を締結し、これに基づき本件パスポート等の管理を開始し、上記使用従属関係からの離脱を求める退職の意思表示とともに返還請求を受けても、本件労働契約が終了しても、さらには返還を求める訴訟を提起されてもこれを返還しなかったものである。このような行為は、その目的と態様に照らし、一審原告が外国人労働者としてパスポートの所持について有する正当な利益を信義則に反して合理的理由なく侵害したものとして、社会通念上,違法の評価を免れない
というべきである(以下、この行為を『本訴不法行為』といい換える。)。」
3.当たり前ながら違法とされた
一審に引き続き、二審もパスポートを預かって返さないことは違法だと判示しました。
当たり前の判断ではありますが、このような預託契約・不返還が、公法的な観点からだけではなく、民事的にも違法だと判示されたことは良かったと思います。判例上の根拠ができたことは、私的な立場から類似事案に取り組むにあたり重要な意義があります。
このパスポートを預かるという不適切な扱いは、速やかに是正されるべきだと思います。
