労働条件の明示を求めるのは正当な要求であるとして、出勤命令拒否を理由とする解雇が無効とされた例

1.出勤拒否には覚悟が必要

 労働契約法6条は、

「労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する」

と規定しています。

 この条文からも分かるとおり、使用者の指揮命令に従い労務を提供することは、労働契約における労働者の本質的な債務を構成します。

 そのため、労務提供を拒否すると、比較的容易に解雇が認められます。適法性に疑義のある配転命令を争う時に、異議を留保したうえ配転先で労務を提供しながら争って行くことにも、これに理由があります。配転命令が違法無効で不出勤に正当な理由があると判断されれば良いのですが、裁判で配転命令が有効となると、ほぼ自動的に不出勤を理由とする解雇も有効と判断されてしまいます。

 このように使用者側の対応に疑義がある場合でも、不出勤/労務提供拒否をもって対抗することには、かなりの勇気がいるのですが、近時公刊された判例集に、出勤命令拒否を理由とする解雇が無効だと判示された裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令7.4.30労働判例ジャーナル167-56 ユニーク事件です。

2.ユニーク事件

 本件で被告になったのは、理容室を設置している株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結し、理容師として働いていた方です。顧客トラブルを理由とする自宅待機を命令された後、解雇されたことを受け、自宅待機命令期間中の賃金や、解雇されたことによる逸失利益を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件では令和3年12月23日に無給の自宅待機命令が発令された後、令和4年2月2日頃に出勤命令が発令されました。

 しかし、原告の方は、労働条件明示書面の交付を求め、被告がこれに応じなかったことを受け、出勤命令に応じませんでした。原告が労働条件の明示を求めたのは、元々、原告と被告との間で賃金額に見解の相違があり紛争が生じていた背景があります。

 その後、出勤命令が履行されないことなどを理由に原告の方は解雇されました。

 このような事実関係のもと、裁判所は、次のとおり述べて、解雇は無効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「被告は、本件解雇には客観的合理的理由があり、社会通念上相当であると主張するところ、本件解雇の理由に関し、まず、原告が〔1〕令和4年2月7日から出社するよう業務命令を受けたにもかかわらず、これに応ぜず、〔2〕理容師免許の提示を求められたものの、これに応ぜず、〔3〕氏名の漢字等の身元を明らかにするよう求められたものの、これに応じなかったという各事実は、いずれもこれを認定することができる・・・。」

「〔4〕勤務態度の不良については、原告が令和3年12月23日、客からその施術内容について苦情を言われるという出来事があり、それに関しCから事情を聴取されるも、当該客の言われるとおりに施術した旨述べた・・・という限度でその事実を認定することができる・・・。」

「そこでさらに検討するに、まず、

〔2〕理容師免許の提示や

〔3〕氏名等の漢字については、

そもそも、原告が令和3年10月に就労を開始するに当たって被告からこれらを明らかにするよう求められたものでもなく・・・、また、原告が本件店舗において稼働するに当たり、これらが明らかでなかったことで労務の提供やその受領に支障が生じたものとは何らうかがわれない・・・。また、

〔4〕勤務態度不良についても、原告の施術内容について苦情が入ったのは、同年12月23日の一度の出来事であり、被告において客から苦情が入ることは原告に限ってのことではないという事情もある・・・。」

「その上で、確かに、

〔1〕原告は、令和4年2月に発せられた本件出勤命令に応ぜず、それ以後、労務の提供をしていない。そこで検討するに、本件雇用契約における賃金額については、原告が令和3年10月に被告で就労を開始した当初の頃から当事者間に認識の相違があり、原告は、本件雇用契約に係る労働条件を書面にするよう求め続け・・・、このことは、被告においても本件雇用契約に関するトラブルとして認識されていた・・・。そうであるからこそ、原告は、同年12月にされた本件自宅待機命令が解除され、改めて本件出勤命令に応ずるに当たっても、本件雇用契約に係る労働条件を書面により明示するよう求めていたのであるが、被告は、これに応じなかった・・・。

使用者は、法令上、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金等の労働条件を書面等により明示しなければならず(労働基準法15条・同施行規則5条)、その趣旨は、労働条件をめぐる紛争を回避することを含むものと解されるところ、上記のとおり、原告の就労中に労働条件である賃金額をめぐって既に紛争が生じていた。そうであるとすれば、原告が本件出勤命令に応じ、改めて被告での就労を開始するに当たって、労働条件を明示した書面の交付を求めたことは、上記法令の趣旨に沿うものであり、正当な要求であるといわざるを得ない。他方で、本件記録を精査しても、被告が上記書面を実際に何らか準備したともうかがわれず・・・、原告が本件出勤命令の前から継続して上記要求をしていたことを踏まえると、被告がこれに応じなかったことに合理的な理由はうかがわれない。

これらの事情を総合考慮すれば、上記・・・に係る各事由により、被告が本件解雇に及んだことは、客観的合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないといわざるを得ない。よって、本件解雇は無効である。

被告は、上記・・・に係る本件出勤命令に対する原告の対応に関し、問題となっていた月毎の賃金額については35万円か33万円かの2万円の差でしかない旨主張するが、賃金は労働者にとって重要な権利、労働条件であり、また、2万円の差であったとしても、本件雇用契約は期間の定めのない雇用契約であって、原告の就労期間が長期に及ぶにつれ、その影響は相当に増大する余地があるのであるから、問題となっていた月毎の賃金額の差が2万円であることが上記・・・に係る判断を左右しない。

3.見解の相違が2万円でも差異は重要

 上述のとおり、裁判所は賃金額に認識の相違があるという状況のもと、労働条件の明確化を求めた原告の要求は正当なもので、被告がこれに応じなかったことに合理的な理由はないとして、不出勤を理由とする解雇は無効だと判示しました。

 不出勤は確かに本質的債務の不履行ですが、使用者にとっては賃金支払債務が本質的な債務を構成します。成文法や判例法理で幾重にも守られているのはそのためです。本件においても賃金の重要性は強調されていますが、解雇無効の結論が導かれるにあたっては、賃金額の契約上の重要性が考慮されたのかも知れません。

 不出勤を理由とする解雇が無効とされる例は決して多くはなく、裁判所の判断は使用者側の疑義のある措置に対して労務提供の拒否で対抗することの可否を判断するにあたり、実務上参考になります。