1.整理解雇と人員削減の必要性
「企業が経営上必要とされる人員削減のために行う解雇」を整理解雇といいます。
整理解雇は労働者の帰責性を前提としないため、その可否は厳格に判断されます。
整理解雇の効力を判断するにあたっては、「①人員削減の必要性があること,②使用者が解雇回避努力をしたこと,③被解雇者の選定に妥当性があること,④手続の妥当性」の四つの要素が考慮されます。
このうち①の人員削減の必要性については、「倒産必至,債務超過,累積赤字といった事態にあることまでは要求されず,黒字経営の中で経営合理化や競争力強化のために行う人員削減についても,使用者の経営判断を尊重して肯定する例が多い」と理解されています(以上、佐々木宗啓ほか『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕397-398頁参照)。
要するに、厳格と理解されている整理解雇の可否の判断も、①人員削減の必要性という要素については、比較的緩やかに認められる例が増えています。
こうした基準の弛緩を反映してか、財務資料に基づかないで必要性を立証しようとする使用者が散見されます。
確かに、財務資料を誰でも閲覧可能な訴訟記録に自社の秘密ともいえる財務資料を提出したくないという意図は理解できないではありません(民事訴訟法91条1項)。
しかし、資料の開示がなければ労働者としては的確な反論を行えません。必要性の根拠資料が開示されることもなく、黙って解雇されろというのは酷な話です。また、財務資料のうち営業秘密性のある情報は訴訟記録の閲覧制限という仕組みで第三者による閲覧を防ぐこともできます(民事訴訟法92条)。
このような状況のもと、近時公刊された判例集に財務資料による裏付けに欠けることを人員削減の必要性との関係で消極的に評価した裁判例が掲載されていました。東京地判令7.8.1労働判例ジャーナル167-46 マースジャパンリミテッド事件です。
2.マースジャパンリミテッド事件
本件で被告になったのは、アメリカ合衆国デラウェア州法に準拠して設立された会社です。親会社のもとcグループの一員として、スナックフードやペットフードの輸入及び販売事業を行っています。
原告になったのは、平成19年11月に被告に採用され、営業統括本部スナックフード営業部の関西・中部地域の営業担当者(本件ポジション)として業務を行っていた方です。令和5年5月11日付けで本件ポジションの削減等を理由に解雇されたことを受け、その無効を主張し、地位の確認等を請求する訴えを提起したのが本件です。
裁判所は、
「事業の縮小等によりアソシエイトの業務の必要性が認められなくなった場合で、他の職務に配置転換することが困難であるとき」(5号解雇事由)
への該当性について、次のとおり判示し、これを否定しました。結論としても、本件解雇を無効であるとして、地位確認請求を認めています。
(裁判所の判断)
「被告は、原告のポジションの削減の必要性について、令和4年の売上げが平成30年の売上げに比較して約15%減少した旨主張するものの、これを基礎づける証拠は、hの陳述書(乙6)及び同人の証言のみであり、財務資料により裏付けられたものではない。また、認定事実・・・のとおり、令和4年はスナックフードの販売停止と大規模な製品回収が行われた年であり、同年の売上げの減少をもって、売上実績が恒常的に低下したということは困難であるし、あくまで売上げの減少であって利益との関係でどの程度、被告の財務状況に影響したかは明らかにされていない。また、被告の主張する人件費率についても、計算方法が明らかでない上、被告の財務状況において、人件費率を低下させることの必要性の程度は明らかでない。そうすると、被告の主張する人員削減の必要性は,人員削減を行わなければ資金繰りがつかずに事業停止を余儀なくされるなどといった切迫したものではないのは勿論、赤字から黒字に転換するために必要といった高度なものでもなく、単により効率的な運営のために望ましいという程度のものであったといわざるを得ない。」
「したがって、原告のポジションの必要性がなくなったという余地があるとしても、配転転換が困難であるという点については、被告においても相応の負担をしても配置転換が困難であるということができる必要があると解される。」
「しかるところ、認定事実・・・によれば、被告は、原告にカインド事業部及びeのポジションへの応募は提案したが、異動は命じていない。hは、カインド事業部は被告の部署ではあるが被告親会社に紐づいており、eは他社であって、カインド事業部やeにおいて採用する意向を持ってもらう必要があるというような趣旨の供述をするが(証人h・26、27頁)、少なくとも被告の内部であるカインド事業部について、異動を命じることができないというのは、被告の統制上の都合にすぎない。また、原告は、応募しない理由について、ポジションに就くことを拒んでいるのではなく、家賃補助がない点を理由に挙げているのであるにとどまるのであるから、被告において、家賃補助を受けることができるよう取り計らったり家賃補助に代替する措置を提案したりすることは可能であったといえるが、被告が家賃補助に代替する措置について原告と協議をしたというような事実は主張もされていない。加えて、認定事実・・・のとおり、g本社の内勤部署等、空くポジションはあったところ、これらのポジションが原告に適合する余地がなかったかは疑問であるし、認定事実・・・のとおり、被告は本件組織変更を経ても約250名の国内従業員を有するところ、被告が適合すると考える者をこれらのポジションに充て原告に適合すると考えるポジションを空けることについては、検討した形跡さえない。そうすると、原告について配置転換が困難であったと認めることはできない。」
「以上によれば、原告に5号解雇事由があったとは認められない。」
3.財務資料が明らかにされない場合
以上のとおり、裁判所は、被告側から財務資料が提出されていないことを踏まえ、人員削減の必要性について消極的な評価を行いました。
冒頭で述べたとおり財務資料を出したがらない会社は少なくありません。
本旨版例は、こうした会社と対峙して行くにあたり、引用・活用して行くことが考えられます。
