1.労災の認定基準
労働者災害補償保険法は、
「労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡」
に対して保険給付を行うことを定めています(労働者災害補償保険法7条1号)。
この「業務上」の意義に関しては、最二小判昭51.11.12最高裁判所裁判集民事119-189が、国家公務員災害補償法の解釈について、
「『職員が公務上死亡した場合』とは、職員が公務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい、右負傷又は疾病と公務との間には相当因果関係のあることが必要であり、その負傷又は疾病が原因となって死亡事故が発生した場合でなければならない、と解すべきである。」
と判示して以来「相当因果関係があること」と同義だと理解されています。
相当因果関係は、安全配慮義務違反や一般不法行為法上の義務違反を理由に損害賠償を請求するにあたっての要件ともされている関係で、不支給処分の取消の当否を争う労災行訴だけではなく、損害賠償責任の有無が争われる労災民訴においても重要な意味を持っています。
この「業務上」といえるのかどうかを判断するにあたり、行政は様々な基準を設けています。例えば、
令和5年9月1日 基発0901第2号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」や、
令和3年9月14日 基発0914第1号「血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」
がこれに該当します。これら行政が設けている基準は医学的経験則に基づいて定められたものであり、労災行訴や労災民訴で大きな影響力を持っています。ただ、影響力が多すぎて、認定基準への形式的なあてはめによって結論を出しすぎているのではないかという懸念や批判が出されることもありました。
こうした批判を意識してか、認定基準を踏まえつつも、より柔軟な判断を行う裁判例も相当数言い渡されてきました。
例えば、東京高判令2.10.21労働経済判例速報2447-3 国・三田労基署長事件は、
「裁判所としては、認定基準の上記の趣旨を踏まえつつも、必ずしもこれにとらわれることなく、当事者双方が主張立証を尽くす中で個別具体的な事案における相当因果関係の認定を適切に行えば足りるものと思われる。」
と述べて精神障害の悪化の業務起因性を認めていますし、
高松高判令2.4.9労働判例ジャーナル100-1国・高松労基署長(富士通)事件も、
「認定基準そのものに直ちに該当しないとしても、それだけで、労働基準法施行規則35別表第1の2第8号に当たらないと直ちにいえるものではなく、専門検討会報告書が指摘する労働時間、勤務形態、作業環境、精神的緊張の状態等に照らして、q7の業務と本件疾病の発症との間には相当因果関係(業務起因性)が認められるというべきである。」
と述べ、労働時間が認定基準を下回っていたにもかかわらず、くも膜下出血による死亡の業務起因性を認めています。
精神障害の悪化類型の労災認定-行政上の認定基準にとらわれず、柔軟に業務起因性を認めた例 – 弁護士 師子角允彬のブログ
認定基準に満たない労働時間でも労災が認められた例 – 弁護士 師子角允彬のブログ
昨日ご紹介した最高裁判例、最二小判令7.3.7労働判例1342-14 静岡県(県警察・両親側)事件は、こうした柔軟な解決を志向する下級審判例の流れを権威付けている点でも重要な意義を持っています。
2.静岡県(県警察・両親側)事件
本件は静岡県警察所属の警部補が自殺したことを受け、その両親が県に対して提起した国家賠償請求事件です。原審広島高裁が、業務の過重性を否定し、警部補の自殺を具体的、客観的に予見することができたとは言い難いとして両親側の請求を棄却したところ、両親側の上告k受理申立が受け付けられたのが本件です。
最高裁は次のとおり述べて原審を破棄し、事件を高裁に差し戻しました。
(裁判所の判断)
「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の上記注意義務の内容に従ってその権限を行使すべきものである(最高裁平成10年(オ)第217号、第218号同12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)。この理は、都道府県とその都道府県が置く都道府県警察の警察官との間においても別異に解すべき理由はない。そして、上記警察官に対し職務上の指揮監督を行う権限を有する者がその権限を行使するに当たって上記注意義務に違反したことを理由として、上記都道府県が国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負うか否かを判断するに当たっては、上記警察官が従事した業務に係る諸般の事情を総合的に考慮すべきものであり、その際には、認定基準において示されている知見をしん酌し得るものではあるが、認定基準が示す要件に該当しないことをもって直ちに上記損害賠償責任が否定されるものではない。」
「前記事実関係等によれば、A警部補は、自殺直前の約1か月間に、静岡県警察における業務として、それ以前から行っていた中央交番の交番長としての業務に加えて、職場実習指導員の業務にも従事することとなった上、連続窃盗事件見回りをしていたほか、本件研修準備という中央交番の交番長としての業務とは異なる内容の業務にも従事していた。その結果、A警部補の自殺直前の1か月間における時間外勤務時間数は、その前の1か月間における約43時間から、その倍以上に増加して112時間を超えるに至っており、A警部補が自殺直前の時期に行っていた業務の量は、従前から行っていた業務に相当程度の負荷を伴う複数の業務が加わることによって大きく増加していたといえる。また、A警部補は、3班に分かれての交替制勤務を行う中で、自殺直前の1か月間に、僅か1日の休みを挟んで14日間もの連続勤務を2回にわたり行っており、これらの連続勤務の中には、拘束時間が24時間に及ぶ当直の勤務がそれぞれ5回含まれていた上、A警部補は、各当直明けの非番の日にも相当の時間の勤務を行ったというのであるから、このような勤務の態様からしても、A警部補が自殺直前の時期に行っていた業務は、A警部補に相当程度の疲労や心理的負荷等を蓄積させるものであったということができる。以上によれば、A警部補は、上記の時期に、精神疾患の発症をもたらし得る過重な業務に従事していたということができるところ、A警部補が発症したうつ病エピソードについて、上記業務のほかには、その発症に寄与したと解すべき事情はうかがわれない。そうすると、A警部補が従事した静岡県警察における過重な業務がA警部補の精神疾患の発症及びこれによる自殺という結果の発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性があると認めるのが相当である。」
「そして、A警部補の上司らは、A警部補が、管内で連続窃盗事件が発生している中央交番の交番長を務めつつ、職場実習指導員に指名され、本件研修の参加者にも選出されたことを当然に把握している立場にあった上、中央交番の勤務日誌を閲覧し、地域課長においてA警部補から時間外勤務実績報告書の提出も受けていたものであり、それにもかかわらずA警部補の上司らがA警部補の従事する業務の具体的な状況を把握し得なかったと解すべき事情はうかがわれない。したがって、A警部補の上司らは、A警部補が客観的にみて精神疾患の発症をもたらし得るような過重な業務に従事していることを認識することができたというべきである。そして、労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、その心身の健康を損なう危険があり、労働者が精神疾患を発症した場合には、その病態として自殺念慮が出現する可能性のあることは、A警部補が中央交番に勤務していた当時においても広く知られていたし、A警部補が自殺の3か月ほど前に受けたストレス診断で最低評価となっていたことも地域課長は知っていたのである。したがって、A警部補の上司らは、A警部補の業務を適切に調整するなど、その負担を軽減するための措置を講じなければ、A警部補がその心身の健康を損なう事態となり、精神疾患を発症して自殺するに至る可能性があることを認識することができたというべきである。そうであるにもかかわらず、A警部補の上司らは、A警部補の負担を軽減するための具体的な措置を講じていない。」
「そうすると、A警部補の上司らは、A警部補に対する職務上の指揮監督権限を有する者として、その権限を行使するに当たって、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積してA警部補がその心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負っていたにもかかわらず、当該注意義務を怠ったというべきであり、これによってA警部補が精神疾患を発症して自殺するに至ったということができる。」
「したがって、被上告人は、上告人らに対し、A警部補の自殺により上告人らが被った損害について、A警部補の上司らが上記注意義務に違反したことを理由として国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負うというべきである。」
「以上と異なり、原審は、A警部補の従事していた業務が本件記述にいう「質的に過重な業務」に該当しないことのみをもって直ちに上記業務とA警部補の自殺との間に相当因果関係があるとは認め難いとし、これを前提として、被上告人が上記損害賠償責任を負わないとしたものであるが、この原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、上告人らの損害及びその額について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。」
3.認定基準に少し足りないケースの救済に向けて
認定基準の形式的な適用が批判されるのは、概ねにおいて認定基準を形式的に適用すると惜しくも業務起因性が認められないといったケースです。
どこかで線を引かなければならないのはやむを得ないのですが、こうした「惜しい」場合を、切り捨ててしまうのか/認定をする方向で掬い上げて行くのかで見解に相違がありました。今回、最高裁が示したのは、認定基準に該当しないからといって、直ちに業務起因性や相当因果関係の否定に結び付けるなというもので、「惜しい」ケースを認定をする方向で掬い上げて行く考え方と軌を一にするものです。
裁判所の判断は、認定基準に少し足りない「惜しい」ケースに労働者側から取り組むにあたり、引用、活用して行くことが考えられます。
