精神疾患の公務起因性の判断にあたり、労災認定基準に示された知見をも斟酌し得るとした最高裁裁判官補足意見

1.公務災害

 労働者災害補償保険制度の公務員版に、国家公務員災害補償制度、地方公務員災害補償制度があります。国家公務員災害補償制度は国家公務員災害補償法に、地方公務員災害補償制度は地方公務員災害補償法に根拠があります。

 労働者災害補償保険法に基づく保険給付を受けるにあたっては、疾病や負傷が業務に起因している必要があります。

 これに対し、国家公務員災害補償法、地方公務員災害補償法に基づいて補償を受けるためには、疾病や負傷が公務に起因している必要があります。

 業務起因性と公務起因性の判断基準は似通ってはいるのですが、文言が完全に一致しているわけではありません。また、改正の時期にもズレがあるため、医学的知見のアップデートに遅れが生じることもあります。

 それでは、公務起因性の判断にあたり、民間を対象とする労災の業務起因性の認定基準を参考にするといったことは許されるのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたり参考になる判断を示した最高裁裁判官補足意見が掲載されていました。最二小判令7.3.7労働判例1341-71 静岡県(県警察・妻子側)事件です。

2.静岡県(県警察・妻子側)事件

 本件は自殺した警察官(静岡県警察)の遺族が提起した損害賠償請求訴訟です。

 一審、二審とも遺族の請求を大筋において認めたところ、静岡県側が上告受理を申し立てたのが本件です。

 最高裁は、一審、二審と同様、疲労や心理的負荷の蓄積⇒精神疾患の発症⇒自殺といった関係を認め、上告を棄却しました。その判断は常識的なもので、特に目新しいわけではないのですが、本件では三浦守裁判官が次のような補足意見を示しました。

(三浦守補足意見)

「地方公務員の業務の関係で、地方公共団体が安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うか否かの判断に当たり、地方公務員の公務上の災害等に関する知見をしん酌することについて、補足的に意見を述べる。」

「使用者が、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うことについては、公務員の業務の関係においても異なるものではない。これは、労働者にせよ公務員にせよ、労働日又は勤務日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、その心身の健康を損なう危険があること等の知見を基礎としている。地方公務員災害補償法による公務上の災害に対する補償において、『強度の精神的又は肉体的負荷を与える事象を伴う業務に従事したために生じた精神及び行動の障害並びにこれに付随する疾病』(地方公務員災害補償法施行規則1条の2、別表第1第9号)が対象とされ、労働基準法による災害補償や労働者災害補償保険法による保険給付において、『心理的に過度の負担を与える事象を伴う業務による精神及び行動の障害又はこれに付随する疾病』(労働基準法施行規則35条、別表第1の2第9号)が対象とされているが、これらも、上記知見を基礎とする点で共通するものと考えられる。」

「そして、上記の各補償等に係る認定に関し、地方公務員の公務上の災害については『精神疾患等の公務災害の認定について』(平成24年3月16日地基補第61号。以下『認定基準』という。)が示され、労働者の業務上の疾病については『心理的負荷による精神障害の認定基準について』(令和5年9月1日基発0901第2号厚生労働省労働基準局長通達。以下『労災認定基準』という。)が示されているが、これらは、精神障害に関する医学的知見等に照らし、一定の合理性を有するといってよい。地方公務員の業務の関係で、地方公共団体が国家賠償法1条1項又は安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うか否かを判断するに当たっては、当該地方公務員が従事した業務に係る諸般の事情を総合的に考慮すべきであるが、その際には、認定基準とともに労災認定基準に示された知見をもしん酌し得るものと考えられる。」

「もっとも、上記の各補償等は、無過失の危険責任に基づく制度であって、上記損害賠償責任とは趣旨を異にするものであり、上記の各基準も、法令が定めるものではないから、これらに示された知見をしん酌し得るといっても、形式的に当てはめるべきものではなくあくまでも、経験則上の一つの知見としてしん酌するというべきものである。」

「また、本件との関連でみると、認定基準において、『その他強度の精神的又は肉体的負荷を与える事象』があったものと判断できる場合の一つとして、『発症直前の1か月以上の長期間にわたって、質的に過重な業務を行ったこと等により、1月当たりおおむね100時間以上の時間外勤務を行ったと認められる場合』が示されているが、同時に、これ『に準ずるような業務負荷があったと認められる場合』が示されており、これらは、単に、業務の質的な過重性や時間外勤務の時間数だけではなく、関係する諸事情を考慮して、その負荷の程度を評価すべき趣旨を含むものと解される。また、労災認定基準においても、『業務による強い心理的負荷が認められること』の要件に関し、具体的出来事の心理的負荷の強度の具体例が示されており、その中には、仕事の量・質に関する具体例として本件に関連するものが含まれるが、そのような具体例も例示であるから、これらを踏まえ、関係する諸事情を考慮して、その負荷の程度を評価すべき趣旨を含むものと解される。上記の各基準に示された知見をしん酌する場合も、以上の趣旨を踏まえて行うのが相当である。」

3.認定基準は法令というよりも医学的経験則(医学的知見)に近い

 補足意見内いでも示唆されていますが、認定基準は医学的経験則(医学的知見)をまとめたものとしての色合いの強い文書です。「こういう場合は強い心理的負荷がかかって精神疾患を発症する」といった類の医学的知見を集積したものであるため、仕事との因果関係が認められるのか否かを判断するにあたり、公務員であるからといって労災の任的基準を参考資料から除外する理由はなさそうに思います。

 三浦守裁判官が示した考え方は、公務災害事件に取り組むにあたり、実務上参考になります。