1.古い事件でも掘り起こせる場合/掘り起こせない場合
過去にも言及したことがありますが、古い事件を掘り起こすのは基本的には困難です。例えば、かなり問題のある解雇であったとしても、解雇から何年も経過してしまうと、訴訟提起しても思わしい結果には繋がらないことが多いように思います。
しかし、労働事件においては、例外的に掘り起こせることもあります。
例えば、約8年前の固定残業代の導入(賃金の不利益変更)との関係で、
「被告は、本件変更後、長年にわたり従業員らからクレームを受けたことはなかったから、当該変更につき従業員らによる承諾又は追認がされた旨主張する。しかし、一般に労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれていること等に鑑みれば、上記のような事情をもって、直ちに当該変更を受入れる旨の労働者の行為がされたと認めることはできず、被告の上記主張は採用することができない。」
として、クレームを述べていなかったことが承諾・追認の根拠にならないとされた事案があります(東京地判令4.3.2労働判例ジャーナル127-44 インターメディア事件)。
固定残業代の合意-提訴から8年以上前に導入されたものでも争えた例 – 弁護士 師子角允彬のブログ
ハラスメントとの関係でも、
「任用期間が限定的で、地位が不安定といえる非正規の嘱託職員であった被控訴人において、実際は被害を受けていたとしても、更なる被害や失職を恐れ、あるいは、再度任用されることを優先して、抗議をしたり被害を訴えたりすることをためらい、これをしなかったとしても理解できるところである。」
として、訴訟提起するまで問題にしていなかったことが被害事実の認定の妨げとされなかった事案があります(大阪高判令2.10.1労働判例ジャーナル108-32 奈良市事件参照 ただし、医療記録上の手がかりはあり)。
有期労働契約者はセクハラ・パワハラ被害を訴えることが遅れても被害救済の可能性がある – 弁護士 師子角允彬のブログ
各裁判例の判示からも分かるとおり、古い事件の掘り起こしが可能なのは、労働者と使用者とは対等でないからです。明確な上下関係/力格差があるため、直ちに問題提起できていないとしても不自然ではないと理解されているところに理由があります。
ただ、背景にある論理が上述のようなものであるため、労働契約の存続中も労働者から使用者に対して普通に不満が述べられていたような場合には、不満として明示的に述べられていない事項について、不満がなかったものと取り扱われてしまうことがあります。近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地判令7.6.24労働判例ジャーナル165-36 ジャパンゴルフマネージメント事件も、そうした危険が顕在化した事件の一つです。
2.ジャパンゴルフマネージメント事件
本件はいわゆる残業代請求事件です。
本件で被告になったのは、主にゴルフ場の経営を行う株式会社です。
原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、送迎ドライバーとしての業務に従事していた方です。
本件で問題になったのは、待機時間の取り扱いです。
原告の方の業務の一日の流れは、下記のとおりでした。
(ア)被告の駐車場より送迎車出庫、送迎車の点検及び清掃
(イ)受講生の集合場所へ送迎車移動
(ウ)ゴルフ場へ向け出発
(エ)ゴルフ場到着
(オ)ゴルフ場近くの練習場への送迎(一部ゴルフ場の場合)
(カ)送迎車の給油、清掃
(キ)昼食休憩
(ク)送迎車をゴルフ場へ移動
(ケ)受講生のゴルフバッグの積み込み
(コ)ゴルフ場出発
(サ)受講生の集合場所に到着
(シ)被告の駐車場に送迎車入庫
(ス)日報記入
原告の方は、
「ゴルフ場に到着し、運転してきた送迎車の給油や清掃等を終えてから、受講生のゴルフバッグの積み込みまでの時間(但し、2時間の休憩時間を除く。)(以下『本件待機時間』という。)、一見、何もしていないようにみえるが、以下に述べるとおり、本件待機時間中においても、被告から指示があれば対応しなければならない業務があるという意味において労働からの解放が保障されているとはいえないから、本件待機時間は、労働時間性を備えた手待時間に当たるものというべきである。」
と主張し、ゴルフ場到着⇔受講生のゴルフバッグの積み込み の間の労働時間性を主張しました。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、待機時間の労働時間性を否定しました。
(裁判所の判断)
「原告は、本件時間(原告が主張するところの本件待機時間及び2時間の休憩時間と概ね重なる)のうち2時間の休憩時間を除く時間中、被告からの黙示の待機命令により、ゴルフ場の駐車場に停車させた送迎車内におり、呼び出しがあれば迅速に駆けつけることができるような態勢をとっていた旨主張し、これに沿った供述をする。」
「そこで検討するに、確かに、受講生に体調不良者が生じた場合や天候急変時には、受講生を予定より早く帰らせる必要が生じたものと思われるが、ゴルフ場の施設及び従業員が存在するから迅速に送迎車が駆けつける必要性があるとまではいえず、呼び出しがあれば迅速に駆けつけることができるような態勢をとるよう被告から黙示の待機命令があったとは考え難い。また、本件求人票には、『空いている時間は、ゴルフ場での練習やレッスン受講も可能です。』との記載があり、本件時間中は自由に過ごせる趣旨の記載がなされているところ、仮に原告主張のように送迎車内で待機していなければならないとすれば、本件求人票の記載と実態に大きな齟齬があることになるが、原告がこのような齟齬に異議を述べたことをうかがわせる事情はなく(原告は、被告で勤務していた際、不満に思うことがあれば、被告に対して、その旨の文書を提出するなどして明確に意見を述べていた(甲19)。)、そうだとすれば、前記黙示の待機命令はなかったことが強く推測される。これらの事情に加えて、〔1〕被告において送迎ドライバーをしているE及びFは、本件時間中、自由に過ごしていた旨供述しているところ、前記各事情を踏まえれば、その供述は信用性が高いものといえること、〔2〕原告も、受講生をゴルフ場に送り届けた後、受講生を乗せてゴルフ場を出発するまでの間に、送迎車を70~90キロメートル運転していることが複数回あり(甲6、原告本人)、2時間の休憩時間以外にも、ゴルフ場の外で活動していたことが強く推測されること等の事情を併せ考慮すれば、原告の前記供述は信用できず、かえって、前記ア(エ)記載の事実を認めることができる。」
3.裁判所の認定は厳しすぎるようにも思われるが・・・
ある事項について不満を述べられたとしても、別の事項については不満を述べられないということは普通にあるように思います。むしろ、ある事項について強く不満を述べてしまったが故に、他の不満に目をつぶるということは、働く人の心理として十分に理解可能です。
裁判所の判断は、労働者にとって厳しすぎるようには思います。
しかし、こうした捉えられ方を目の当たりにすると、やはり使用者側に対して異議を述べるにあたっては、注意が必要になってくることもあるのだと思います。少なくとも主要な不服については漏らさずに記載しておくといったようにです。
そう考えると、書き方には専門的な工夫が必要になってきます。後の紛争への影響を考えると、やはり使用者に対して文書で異議を伝えるといった重たい行為をするにあたっては、事前に弁護士に相談しておくことが推奨されます。
