非がある場合の解雇の争い方-何ら反省すべき点はない旨の供述が改善可能性の欠如の理由とされた例

1.解雇紛争と労働者の帰責性

 大雑把に言うと、解雇は、

① 整理解雇など労働者に全く問題のない場合、

② 大なり小なり何等かの問題があること自体は否定できない場合、

に分けられます。

 労働者に問題がないからといって、直ちに解雇が無効となるわけではありません。整理解雇法理という厳格な要件はありますが、解雇は有効になることもあります。

 他方、労働者に問題があったとしても、直ちに解雇が有効になるわけではありません。解雇が認められるためには、問題が「客観的に合理的な理由」といえるだけの重大なものである必要があります。また、ある程度重大な事由があったとしても、解雇という措置に踏み切ることが「社会通念上相当である」と認められなければなりません(労働契約法16条)。

 確かに、問題がなければ解雇は認められにくく、問題が大きければ大きいほど解雇は認められにくい傾向はあります。ただ、これは飽くまでも「傾向」であり、問題のあるなしと解雇の効力とは直結しているわけではありません。

 そのため、問題を自認することは、(その影響を考え抜いたうえで行う必要はあるにせよ)過度に怖れる必要はありません。逆に、問題を自認しないことが、訴訟上不利益に取り扱われることもあります。例えば、大阪地判令7.9.9労働判例ジャーナル165-48 日本セレモニー事件は、「何ら反省すべき点はない」という労働者の供述が、改善可能性の欠如を裏付けるものとして、解雇の効力を有効とする事情として考慮しています。

2.日本セレモニー事件

 本件で被告になったのは、冠婚葬祭諸儀式の施行を目的とする会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結し、冠婚葬祭業における仏壇・墓石販売業務等に従事していた方です。協調性不足を理由に解雇されたことを受け、その無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 この事案の裁判所は、次のとおり述べて、解雇の効力を認めています。

(裁判所の判断)

・解雇事由の存否

「原告は、D店勤務時代に、上司であるF店長を『給料泥棒』と記載したメールを人財開発部に対し送付したり・・・、F店長の面前で、大きな声で、『どんだけ割引にこだわんねん。お前一人で勝手にやっとけ。そんなんやから誰も下がついてこーへんねん。』と批判したりするなどしていた・・・。本件の証拠及び弁論の全趣旨によっても、原告が、F店長に対して、上記のように強く批判することについて客観的に合理的な理由があるとは認められないから、原告の上記言動は合理的理由のない上司批判との評価を免れない。そして、原告は、令和5年12月4日の面談で、F店長に対する批判をしないよう求められたにもかかわらず、F店長が原告を指導できないのであれば、原告は他部門に異動したい・・・などと,自己の問題点を一顧だにしない態度を示していた。このような原告の他責的な傾向は、原告がF店長との同行営業中、カタログの持参を忘れたことを指摘されたときの応答状況・・・からも認められる。」

「原告は、E店に異動した後も、S店長に対し、F店長と同様に能力がなく、店長から降りてほしい旨の発言をしていた・・・。本件訴訟資料を通覧しても、S店長が能力不足であることを客観的に裏付ける証拠はないから、原告の上記言動は合理的理由のない上司批判との評価を免れない。」

「さらに、原告は、特段の根拠なく、S店長の面前でMマネージャーとHとが不倫しているのではないかと発言しているところ・・・、このような発言は、同人らに対する誹謗中傷にほかならない。」

「原告は、D店勤務時にも、E店勤務時にも、両店長から、勤務時間中の動画視聴をやめるように指導されたにもかかわらず、これに従わない・・・など、勤務態度も芳しくないといわざるを得ない。この点、原告は、動画視聴により、Cの業務に必要な知識を勉強していたというが、営業活動に従事すべき勤務時間中の動画視聴を避けるべきとの指導は合理性を有するものであって、原告が動画視聴を有用な勉強方法だと認識していたとしても上記評価は左右されない。」

「これらの事情を総合すると、原告につき、誹謗中傷などで職場における上司・同僚との協調性を欠き、信頼関係を破壊したものと認められるのであって、原告には普通解雇事由が認められる。」

・社会的相当性

認定事実・・・によれば、原告は、被告の関係職員から再三にわたり注意指導を受けたにもかかわらず、原告が勤務態度等を改め、周囲の職員との人間関係を改善しようとする意思は何ら認められず、実際も何ら改善がされなかったというほかない(なお、原告は、本件訴訟における被告の主張立証に接し、更に被告側証人尋問を全て聴いた上でも、原告がD店及びE店での就労中の言動について、何ら反省すべき点はない旨の供述をしており〔原告本人29頁〕、自らの非を認めないという姿勢は堅持されている。)。また、原告が異動を希望していた加入推進部の責任者は、原告の異動の受入れを拒絶したため・・・、原告を異動させることにより、原告を取り巻く人間関係の打開を図ることも現実的に困難であったところ、会社批判に終始する原告を受け入れないという同責任者の判断はやむを得ないものであったと認められる。」

「したがって、本件解雇について、社会的相当性に欠けるところはないものというべきである。」

・小括

「したがって、被告の主張するその余の解雇事由について論ずるまでもなく、本件解雇には合理的な理由があり、社会通念上も相当であるといえるから、本件解雇は、その権利を濫用したものとはいえず、無効とはいえない。」

3.問題のあるケースで問題がないと主張するリスク

 整理解雇のような場合を除けば、労働者に一点の瑕疵もない解雇事案はそれほど多くはありません。大抵の場合、大なり小なり一定の問題はあります。

 軽度の瑕疵がある事案で無謬性を主張することは別段悪くありません。しかし、中程度以上の瑕疵がある事案で無謬というストーリーで主張立証(法廷供述を含む)を組み立てると、そうした応訴態度自体が改善可能性の欠如を裏付けるものと評価されるリスクを負いかねません。

 解雇事案を争うにあたっては、

無謬というストーリーで行くべき事案なのか、

問題はあるけれども、客観的合理的事情とはいえない/社会通念上相当とはいえないというストーリーで行くべき事案なのか

を振り分け、勝訴判決のイメージを考えることが重要です。法廷供述で問題を自認していれば勝てたかといえるほど楽観的な事案ではないようには思いますが、本件は一概に無謬性を主張することが正解とはならないことを示す事例として参考になります。