1.懲戒処分と始末書の不提出
懲戒処分は、始末書の提出と紐づけられていることがあります。例えば、厚生労働省のモデル就業規則にも、
「① けん責
始末書を提出させて将来を戒める。
② 減給
始末書を提出させて減給する。ただし、減給は1回の額が平均賃金の1日分の5
割を超えることはなく、また、総額が1賃金支払期における賃金総額の1割を超え
ることはない。
③ 出勤停止
始末書を提出させるほか、 日間を限度として出勤を停止し、その間の賃金は
支給しない。 」
と記載されています。
https://www.mhlw.go.jp/content/001620507.pdf
ここで求められている(使用者の意向に沿う)始末書を出さない場合、会社がそれを理由に懲戒処分を科することができるのかという論点があります。なぜ、このような論点が発生するのかというと、懲戒処分を受けたことに納得のできない労働者の中には、始末書の提出に拒否的な態度を示す方が少なくないからです。
始末書の不提出を理由とする懲戒処分については、積極とする見解・裁判例もあれば、二重処罰の禁止や労働者の内心の自由などを理由に消極とする見解・裁判例もあります。いずれにせよ、消極とする見解・裁判例も存在する以上、使用者の側は、始末書を提出しないからといって、安心して次弾の懲戒処分を打てるわけではありません。
そこで考え出されたのが、異動等の人事的措置です。人事的措置は制裁とは異なるため二重処罰の問題は(少なくとも形式的には)回避できます。賃金制度を整備しておき、その枠の中で労働条件の不利益変更を伴う異動等の人事的措置を行えば、より安全に次弾の(事実上の)制裁を科することができるのではないかという発想です。
こうした手法には常々問題意識を持っていたのですが、近時公刊された判例集に、始末書不提出がなぜ異動の理由になるのか不明であるなどと述べて、賃金減額を伴う異動の効力を否定した裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日と紹介を続けている、東京地判令7.6.27労働判例ジャーナル165-48テクトロン事件です。
2.テクトロン事件
本件で被告になったのは、コンピューター機器、事務機器の販売等を目的とする株式会社です。従業員持株会を除き、その株主は代表取締役Bとその親族で構成されており、専務取締役をBの妻であるDが勤めていました。
原告の方は平成5年に被告に入社し、平成28年4月1日付で取締役に選任され、従業員兼務役員としてE営業本部の部長を務めていた方です。F本部長の取締役不選任に反対する意向を示したところ、営業部の従業員の相当数が辞表を作成し、F本部長と原告に交付する辞退になりましたが、令和3年3月31日、結局、原告の方もF本部長と同じく取締役に再任されないことになりました。
それ以降も、原告は従業員として被告に残留していましたが、譴責処分を受けたり、減給を伴う職位変更を受けたりした後、懲戒解雇されてしまいました。
こうした経過を受け、譴責処分の無効確認や、減給の無効を理由とする差額賃金請求、懲戒解雇が無効であることを理由とする地位確認請求等を求める訴えを提起したのが本件です。
本日、注目したいのは、減給の効力に関する判示です。
取締役不再任(令和3年3月31日)とされた後、原告の方は職位をE営業本部長からシニアディレクターに変更され、給与月額は、
本給9万2500円、
職能給31万4000円、
役職手当10万円、
家族手当1万円、
住宅手当1万7000円
の合計53万3500円とされました。
その2か月後である令和6月1日、被告は、原告の職位をシニアディレクターからディレクターに変更しました。これに伴い、原告の月額給与は、
本給9万3000円、
職能給31万4000円、
役職手当4万円、
家族手当5000円、
住宅手当1万6000円、
の合計46万8000円となりました。
このシニアディレクター⇒ディレクターへの異動理由について、本件の被告は次のような主張を行いました。
(被告の主張)
「F本部長の退職により営業部全体の組織再編が必要となったが、原告及びF本部長による退職勧誘行為の実態や今後への影響の調査を行った上で配置転換等の計画を立てる必要があったが、F本部長の退任時点ではその見通しが立っていなかったため、被告は、原告を暫定的にシニアディレクターの地位に置いた(シニアディレクターの役職手当は6万円であるが、暫定的なものであったことから役職手当は維持した。)。しかし、原告は、正当な理由なく本件業務命令に従わず、本件譴責処分により提出すべき始末書も提出しないなど、職場の規律を乱す行為等をしていたため、被告は、原告の退職勧誘行為に係る最終的な処分について調査中ではあったが、原告を営業本部長やそれに準じる地位に置くことは適当でないと判断し、暫定的にディレクターの地位に置き、役職手当もこれに相当する金額に変更することとした。以上のとおり、本件異動には合理的な理由があり、これにより原告に生じた不利益は、役職手当の減額6万円にとどまる。本件異動は権限の濫用には当たらない。」
「また、役職手当は、役職と強く紐づく性質のものであり、被告においては、役職変更が生じた際には、その都度、役職手当もこれに応じて変更してきたものであり、役職手当の減額の当否は、異動の当否により決せられるべきであるから、本件減給は有効である。」
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、このシニアディレクター⇒ディレクターへの異動の効力を否定しました。
(裁判所の判断)
「被告は、F本部長の退任後、営業部全体の組織再編の必要があったが、見通しが立っていなかったため、原告を暫定的にシニアディレクターの地位に置き、本件業務命令に違反し、本件譴責処分により提出すべき始末書も提出しないなど職場の規律を乱していたが、最終的な処分について調査中であったため、暫定的にディレクターの地位に置いた旨主張する。」
「そして、F本部長は営業部を統括していたから・・・、その退任を受けて被告が営業部全体の組織再編が必要であると判断したこと、その時点では原告の地位を暫定的にシニアディレクターとしたことは、不合理とはいえず、業務上の必要性があったものといえる。原告は、シニアディレクターになってから職務内容は変わっていない旨述べるが・・・、E営業本部長とシニアディレクター(社長付)の職務内容が同一とは考え難く、信用できない。」
「しかしながら、シニアディレクターからディレクターへの本件異動については、ディレクターの役職も暫定的なものであること、本件業務命令への違反や本件譴責処分に基づき始末書を提出していないことにより本件異動がなぜ必要になるかについて具体的な主張がされていないこと、異動の前後で原告の業務内容が変更されていないこと・・・に照らすと、業務上の必要性があったとは認めがたい。なお、被告は、本件異動までに、最終的にも原告を本部長待遇とはしないことを決めたものの、最終的にどの役職で遇するかまでは決めていなかったことが決まっていなかったことがうかがわれ、本件異動の時点でさらに暫定的な変更を行う業務上の必要性を基礎づける事情があったとはいえない。」
「以上によれば、本件異動は、業務上の必要性を欠き、被告の権限の濫用に当たるといえ、無効といえる。したがって、原告の役職は、シニアディレクターのままであると認められる(仮に役職の変更に伴う役職手当の変更の権限があったとしても、役職手当を減額する理由もなかったこととなる)。」
3.本件は譴責処分が無効とされている事案ではあるが・・・
本件は始末書の根拠となった譴責処分が無効とされている事案です。
そのことは考慮しておく必要がありますが、裁判所は、譴責処分を受けて始末書を提出しなかった原告に対して行われた賃金減額を伴う異動の効力を否定しました。職場の規律を乱しているという被告の説明では納得しなかったということです。
二重処分の誹りを回避するための便法としての異動は、近時、問題になることが多い措置類型です。裁判所の判断は、こうした異動の効力を争って行くにあたり、実務上参考になります。
