従業員を侮辱するトイレの貼り紙(「痴呆か?」「汚してんじゃねーよ馬鹿」等)が、特定の労働者に対する不法行為を構成するとされた例

1.従業員全体に対するパワーハラスメント

 職場におけるパワーハラスメント(パワハラ)とは、

職場において行われる

① 優越的な関係を背景とした言動であって、

② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、

③ 労働者の就業環境が害されるものであり、

①から③までの要素を全て満たすものをいう。 

と定義されています(令和2年厚生労働省告示第5号『事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』参照)。

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000584512.pdf

 パワハラの典型は、特定の劣位者に対して行われる虐めや嫌がらせです。

 上記「指針」の具体例にも、

「他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと」

「相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の労働者宛てに送信すること」

「一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させること」

といったように、特定の労働者をターゲットとした虐め・嫌がらせと目されるような行為が提示されています。

 しかし、パワハラの概念は、特定の労働者をターゲットとした虐めや嫌がらせに限定されているわけではありません。会社社長が全従業員に対して不適切な行為に及ぶような場合も、定義上はパワハラに該当することがあります。

 それでは、従業員一般に対して行われる不適切な行為と、特定の労働者に対する不法行為の成否との関係は、どのように考えられるのでしょうか? 従業員一般に等しく行われているという意味において、その人だけが差別的な取り扱いを受けているというわけではありません。こうした場合にも、不法行為の成立は認められるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令7.6.25労働判例ジャーナル165-34 MINAGAWASG事件です。

2.MINAGAWASG事件

 本件で被告(反訴原告)になったのは、紙製品への箔押し等の特殊加工等を業務とする株式会社です。

 原告(反訴被告)になったのは、被告の従業員であった方です。工場長⇒取締役と役職を進め、令和5年7月25日に取締役を退任しています。

 本件の原告は、未払時間外勤務手当等(いわゆる残業代)と、パワハラ(不法行為)を理由とする慰謝料を請求する訴えを提起しました。

 本日、焦点を当てたいのは、パワハラを理由とする慰謝料についての判示です。

 パワハラについて、本件の原告は、次のような主張を行いました。

(原告の主張)

「被告代表者は、原告に対し、暴言や怒声を浴びせるなどのパワーハラスメントを繰り返した。被告代表者の具体的な行為は次のとおりであり、これらは原告に対する不法行為に当たる。」

「(ア)被告代表者は、令和2年7月頃、原告のミスによって被告に損害が生じたとして、タイムカード打刻機の下に、損害の明細や『信用度-100%』などと記載した紙を貼り、全従業員にその旨を知らしめた。」

「(イ)被告代表者は、令和2年12月頃、被告社内のトイレの天井に3分経過すると点滅するパトランプを設置し、従業員を監視するようになった。」

「(ウ)被告代表者は、令和5年2月及び同年6月、被告社内のトイレの洗面台に『阿呆か?大丈夫か?』『汚してんじゃねーよ馬鹿』などと記載した紙を貼った。」

(以下略)

 原告の主張の中で気になったのは、(イ)(ウ)の部分です。これらは、別段、原告を狙い撃ちにした行為のようには見えません。

 実際、被告も、次のように述べて、(イ)(ウ)は特定の従業員ないし原告を対象とする嫌がらせではないと反論していました。

(被告の主張)

「(ア)被告代表者がタイムカード打刻機の下に原告主張の紙を貼ったことは争わない。これは原告の人格を否定する言動とはいえず、不法行為に当たらない。」

「(イ)被告代表者が被告社内のトイレの天井に3分経過すると点滅するパトランプを設置したことは争わない。被告代表者は、利用者の回転を促して各従業員が快適にトイレを利用することができるようにする目的でパトランプを設置したのであって、一般的に取入れられている措置であり、特定の従業員を対象とする嫌がらせをしたものではない。」

「(ウ)被告代表者が被告社内のトイレの洗面台に原告主張の紙を貼ったことは争わない。外部の業者が当該トイレを利用した際に洗面台を汚す事態が頻発したことから、警告のために貼ったものであって、原告を対象とする嫌がらせをしたものではない。」

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、(イ)の不法行為該当性を否定する一方、(ウ)の不法行為該当性を認めました。

(裁判所の判断)

「前記認定のとおり、被告代表者は、

〔1〕令和2年7月頃、原告のミスによって被告に損害が生じたとして、タイムカード打刻機の下に、損害の明細や『信用度-100%』などと記載した紙を貼り、

〔2〕令和5年2月及び同年6月、被告社内のトイレの洗面台に『軍手があちこちに落ちている。これを機会に注意喚起して同時に物を大切にして頂きたい。よろしく頼む。痴呆か?大丈夫か?』と記載した紙や『汚してんじゃねーよ馬鹿』と記載した紙を貼ったものである・・・。」

「令和2年の貼り紙の掲示は、他の従業員が必ず目にするタイムカード打刻機の下に貼り紙をして原告のミスを殊更にあげつらうものといえる。また、令和5年の貼り紙の掲示は、『痴呆』『馬鹿』という文言を用いて原告を含む従業員を侮辱するものといえる。いずれも優越的な関係に基づいて業務の適正な範囲を超えて就業環境を害する行為(パワーハラスメント)であるといえ、不法行為に当たる。」

「他方で、前記認定のとおり、被告代表者が、令和2年12月頃、被告社内のトイレの天井に3分経過すると点滅するパトランプを設置したことが認められるが、この行為について利用者の回転を促して各従業員が快適にトイレを利用することができるようにする目的があったことを直ちに否定することはできない。そのため,この行為については、業務の適正な範囲を超えて行われたとはいえず、不法行為に当たるとはいえない。」

3.特定の従業員を対象とする嫌がらせではないとの主張が排斥された

 以上のとおり、裁判所は、特定の従業員を対象とする嫌がらせではないとの主張を排斥し、トイレの貼り紙についても原告に対する不法行為を構成すると判示しました。

 確かに、みんな同じ目に合っていれば、一人だけ虐められている時に感じるほどの精神的な苦痛は感じないかも知れません。しかし、苦痛を感じるかどうかという括りで言えば、苦痛であることは間違いなく、裁判所は適切な判断をしたように思います。

 ただ、トイレで3分経過すると点滅するパトランプを設置されて喜ぶ労働者がいるとは私には想像し難く、この点について各従業員が快適にトイレを利用することができるようにする目的であったことを否定できないと判示している部分は、判断が抑制的に過ぎるのではないかと思われます。