在職中に問題視していなかった経費支出を退職後に不正支出だと問題視することが否定された例

1.退職をめぐるトラブル

 辞意を申し入れた労働者に対し、強い悪感情をぶつけてくる使用者がいます。

 こうした使用者からは、しばしば、在職中の問題行動を理由とする損害賠償を示唆されます。その中には、何ら問題とはいえない行動に対して因縁をつけているとしか思えないものも散見されます。

 近時公刊された判例集にも、在職中に問題視していなかった経費の支出について、経費の私的利用だと言い出し、使用者が退職した労働者に損害賠償請求訴訟を提起した裁判例が掲載されていました。東京地判令7.7.15労働判例ジャーナル164-16粂川工業事件です。

2.粂川工業事件

 本件で原告(控訴人)になったのは、ダイニングバー、レストラン等飲食店の経営等を目的とする株式会社です(代表取締役P1)。

 被告(被控訴人)になったのは、令和4年5月16日から令和5年1月10日までの間、原告の従業員であった方です。被告では飲食店の開店準備業務(本件業務)を担当していました。

 原告は、退職した被告に対し、在職中の会社名義のクレジットカードの利用が不正使用に該当するとして、使用額に相当する損害賠償を請求しました。一審簡裁が原告の請求を棄却したことを受け、原告側が控訴したのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて、原告の控訴を棄却しました。

(裁判所の判断)

「本件各利用のうち、控訴人が問題が大きいとするもの(番号1、5、15、43、48、53、54、72、89、96、101、109、116、132、138、139、147、158、167の各利用)以外のものについて検討する。」

「この点、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、本件店舗において提供するメニューの開発及び備品の購入について、控訴人から一任されていたものと認められ、そうすると、これらの業務に関する利用は、控訴人から許容された範囲を超える利用には当たらないといえる。」

「そして、控訴人が問題が大きいとするもの以外の各利用は、証拠・・・上認められる購入した物品、利用店舗や利用金額等に照らして、いずれも、〔1〕被控訴人本人の昼食代、〔2〕本件店舗で使用する備品等の購入に関する費用、〔3〕本件店舗で提供するメニューの開発のための試作品づくりに用いる材料の購入に関する費用のいずれかに該当するとみることに不自然なものはなく、これらの各利用が控訴人から許容された範囲を超えるものであるとは認められない。」

「控訴人は、本件各利用のうち、番号15、48、53、54、89、101、138、139、147の各利用につき、いずれも昼食代としては社会通念上高額にすぎるもので、控訴人から許容された範囲を超えた利用である旨主張する。」

「被控訴人は、番号15、48、53、147の各利用につき、いずれも本件業務を手伝ってもらった人物の昼食代についても併せて支払ったものである旨主張し、これに沿う供述をする・・・。」

「この点、番号53の利用につき、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、利用当日である令和4年10月8日、『P4がいなければ 1人ではさすがに運べなかったし かき氷機は70kgもあって 本当にP4に助けていただきました!』、『お昼ご飯食べに行ったので P4の分もカードで支払いさせていただいてます。』とP1にLINEメッセージを送信したのに対し、既読したP1は特段反応することはなく、被控訴人が本件カードを利用して知人の昼食代を支払ったことに異を唱えるなどしていないと認められる。このことからすれば、P1は、被控訴人が本件カードを利用して、本件業務を手伝ってくれた人物の昼食代を支払うことについても、本件業務に関連する利用として許容していたと認められる。そして、番号15、48、53、147の各利用に関する被控訴人の上記供述は、その利用金額や利用店舗等に照らして不自然なところはない。そうすると、これらの各利用は、本件業務と関連性を有しないものとは認められず、控訴人から許容された範囲を超えた利用であるとは認められない。

「被控訴人は、番号54、89の各利用につき、いずれも、価格や食材の仕入れ先等を調べるために、知人と共に飲食店に赴いた際に、知人の分も含めて本件カードを利用したものである旨主張し、これに沿う供述をする・・・。」

「そして、上記・・・のとおり、被控訴人は、控訴人から、本件店舗のメニューの開発を一任されていたものと認められることに加え、番号54の利用については、知人とともに飲食をするという点を除いて、事前に価格や食材の仕入れ先等を調査するために居酒屋に赴くことをP1が了承していたこと(争いがない)を踏まえれば、被控訴人の上記供述が不自然なものとはいえない。そうすると、これらの各利用は、本件業務と関連性を有しないものとは認められず、控訴人から許容された範囲を超えた利用であるとは認められない。」

「被控訴人は、番号101、138の各利用につき、被控訴人本人の昼食代である旨主張し、これに沿う供述をするところ・・・、その利用店舗や証拠・・・上認められる同店における食事等の提供価格に照らして、1人分の昼食代とみることに不自然なところはないし、昼食代として本件カードを利用する際の金額の上限額が設定されていたと認めるに足りる証拠はない。そうすると、これらの利用が、控訴人から許容されていた範囲を超える利用であるとは認められない。」

「被控訴人は、番号139の利用につき、本件店舗において提供するデザートの仕入れであった旨主張し、これに沿う供述をするところ・・・、証拠・・・上認められる購入品目等に照らして、被控訴人の上記供述は不自然なものとはいえない。そうすると、この利用が本件業務と関連性を有しないものとは認められず、控訴人から許容された範囲を超えた利用であるとは認められない。」

「控訴人は、番号1、5、43、72、96、116、132の各利用につき、いずれも被控訴人の当時の自宅近くのスーパーマーケットでの利用であることから、私的な利用である旨主張する。」

「被控訴人は、番号1、5、72の各利用につき、本件店舗で提供する予定の試作品を自宅で作るための材料を購入した際の利用である旨主張し、これに沿う供述をするところ・・・、上記・・・のとおり、被控訴人は、本件店舗におけるメニューの開発を一任されていたと認められることに加え、上記各利用の当時、本件店舗には調理設備が整っておらず、P1も被控訴人が自宅で試作品を作成することを了承していたこと(争いがない)を踏まえると、自宅近くで試作品の材料を購入したとしても不自然とはいえない。そうすると、これらの利用は本件業務と関連性を有しないものとは認められず、控訴人から許容された範囲を超えた利用であるとは認められない。」

「被控訴人は、番号43、96、116の各利用につき、いずれも出勤する途中に昼食を購入した際の利用である旨主張し、これに沿う供述をするところ・・・、証拠・・・上認められるこれらの利用店舗や利用金額に照らして、被控訴人の上記供述が不自然とはいえない。そして、上記・・・のとおり、本件カードを昼食代として利用する際の上限額は定められていたとは認められないことも踏まえれば、これらの各利用が控訴人から事前に許容された範囲を超えるものとは認められない。」

「被控訴人は、番号132の利用につき、出勤する途中に、自らの昼食及び本件店舗での試作品の作成のための材料を購入したものである旨主張し、これに沿う供述をするところ・・・、証拠・・・上認められる購入品目に照らして、被控訴人の上記供述が不自然とはいえず、そうすると、この利用が控訴人から許容された範囲を超えた利用であるとは認められない。」

被控訴人は、番号109の利用によって購入したつなぎは、本件店舗の制服として、番号158の利用によって購入したボールペンは、本件店舗におけるクレジットカードでの会計時に使用するものとして、番号167の利用によって購入したプラスチック容器は、子供の客用の食器として、それぞれ使用するためのものである旨主張し、これに沿う供述をする・・・。そして、上記・・・のとおり、被控訴人は、控訴人から本件店舗で使用する備品等の購入について、一任されていたものと認められるところ、上記各利用によって購入した物品は本件店舗で使用する備品等として不自然なものではない上、証拠・・・によれば、被控訴人からエプロンの購入について報告を受けたP1が、そのことを問題視していないと認められることに照らしても、被控訴人の上記供述が不自然、不合理なものとはいえない。そうすると、これらの各利用が控訴人から許容された範囲を超えるものとは認められない。

「この点、控訴人は、ボールペンについて、購入金額が9490円と高額であると指摘するが、P1自身、1万円を超えない備品の購入については被控訴人に任せていた旨述べていること・・・を踏まえれば、同指摘は当たらない。」
(中略)

「以上のことからすれば、本件各利用は、いずれも控訴人が許容した範囲を超える利用とは認められない。 」

3.辞意に露骨な悪感情を示されたら・・・

 本件ではLINEメッセージ等の報告が行われていたことを示す痕跡があり、これが防御活動上、重要な証拠として機能しました。使用者側にも同じ証拠が残っていたはずですが、この種の訴訟を提起する使用者は、手元に残っている証跡と自分の主張との整合性を考えないのが困ったところです。

 辞意を示した時の使用者側の反応があまりにも感情的であるなど「危ない」と思ったら、手元に残っているLINEメッセージ等の証跡は、しばらくの間は消さないでおいた方が良さそうです。