特別養護老人ホームの看護師が入所者を「ちゃん」付けで呼んだことが懲戒事由に該当するほど不適切であるとは評価できないとされた例

1.「ちゃん」付けと高齢者虐待

 令和7年3月 厚生労働省 老健局『市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について』は、

養介護施設従事者等による高齢者に対する心理的虐待の例として、

「子ども扱いするような呼称で呼ぶ」

ことを挙げています。

市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について(国マニュアル)|厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/content/12304250/001452977.pdf

 この「子ども扱いするような呼称」の一つとして挙げられるのが「ちゃん」付けです。幾つかの自治体では、「ちゃん」付けを高齢者虐待、あるいは、虐待の萌芽と位置付けています。例えば、さいたま市は、

「入居者を『ちゃん』づけで呼んだ」

事例を過去にさいたま市内で発生した高齢者虐待事案として掲げています。

https://www.city.saitama.lg.jp/005/001/018/006/p123749_d/fil/kaigohokenka_04.pdf

 特別養護老人ホームは「養介護施設」の一つです(高齢者虐待防止法2条5項1号、老人福祉法5条の3参照)。特別養護老人ホームの看護師等は、入所者を「ちゃん」付けで呼ばないように指導、訓練を受けているのが通常です。

 しかし、「ちゃん」付けをすることが直ちに高齢者虐待に該当するのかというと、それはやや機械的・画一的に過ぎるように思われます。確かに好まくはないのでしょうが、従前の関係性を鑑みたとき、「ちゃん」付けに侮蔑的・人格軽視的な意味合いが含まれないことは十分に有り得るのではないかと思われます。

 近時公刊された判例集にも、「ちゃん」付けによる呼称を懲戒事由に該当するほど不適切であるとは評価できないと判示した裁判例が掲載されていました。函館地判令7.8.8労働判例ジャーナル164-8 社会福祉法人恵山恵愛会事件です。

2.社会福祉法人恵山恵愛会事件

 本件で被告になったのは、特別養護老人ホーム(本件施設)を運営している社会福祉法人です。

 原告になったのは看護師有資格者です。被告との間で労働契約を締結し、本件施設で看護業務等に従事することを仕事内容としていた方です。被告から懲戒解雇されたことを受け、その効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 被告は懲戒解雇事由として多数の事実を主張しています。その内の一つに、入所者に対する「ちゃん」付けがありました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて「ちゃん」付けが懲戒事由に該当することを否定しました。結論としても、懲戒解雇は無効だと判示されています。

(裁判所の判断)

「本件非違行為オ(入所者に対する蔑称の使用)について」

「原告が、Jが機嫌の悪い状態を指して職員間で『ブラックJ』と呼称していたこと、Eについて、E本人に対し、また職員間でも、Eの名前をもじった『Eちゃん』と呼称していたことは当事者間に争いはない。」

「被告は、Eの呼称『Eちゃん』につき、必要以上に幼児的扱いをする点で問題であると主張するが、当該呼称それ自体に侮蔑的な意味が含まれているものでないことはもとより、Eが同呼称を嫌がっていたと認めるに足りる証拠はない。

「また、入所者であるJについて『ブラック』と、機嫌が悪いことを否定的に捉え揶揄するような表現を用いることが好ましいものといえるかはともかく、当該呼称は、職員間で当該入所者の機嫌が悪い状態を端的に共有する表現でもあり(原告本人)、入所者本人に対して蔑称をもって呼びかけた事実はない以上、これをもって原告の行為が懲戒事由に該当するほど不適切であるとは評価できない。」

「また、原告が入所者Kを「クソババ」と呼んでいたとの被告の主張する事実について、本件施設の一部職員の陳述書・・・にはこれに沿う記載があるが、当該証拠は十分な証明力を持たず、当該事実は認められない。」

3.マニュアル通りに流されないこと

 以上のとおり、裁判所は侮蔑的な意味合いが含まれていないことを理由に、被告側の主張を排斥しました。

 マニュアルやガイドラインで否定的な評価が与えられていると、それを守ることが自己目的化し、なぜそれが問題なのかの検討が手薄になることがあります。こうした機械的な処分に立ち向かって行くうえで、本件のような事例が存在することは、実務上参考になります。