1.過失相殺
民法418条は
「債務の不履行又はこれによる損害の発生若しくは拡大に関して債権者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の責任及びその額を定める。」
と規定しています。
民法722条2項は、
「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。」
と規定しています。
こうした規定に基づいて、権利者側・被害者側の責任を斟酌して損害賠償額を調整することを「過失相殺」といいます。
民法418条は安全配慮義務違反など債務不履行を理由とする損害賠償請求で、民法722条2項は不法行為に基づく損害賠償請求で適用されています。
死亡や重篤な行為障害などの深刻な結果が生じる事故は、大抵の場合、使用者の危険防止措置の懈怠と労働者の不安全行動が合わさって発生します。労働者が事故によって受けた損害の賠償を請求すると、使用者側からは決まって過失相殺が主張されます。重大事案の総損害額は数千万円、時として1億円を超える規模に及ぶこともあることから、過失相殺割合は10%動くだけでも金額に相当な差が生じることになります。そのため、過失相殺割合は、実務上、しばしば熾烈な争いの対象となります。
どのような事案でどの程度の過失相殺がなされるのかは、常に実務家の関心を集めています。近時公刊された判例集に、過失相殺割合について興味深い判断を示した裁判例が掲載されていました。ここ数日紹介している、名古屋高判令6.11.6労働判例1339-29 一光ほか事件です。何が興味深いのかというと、労働者が危険性の高い行為に及んでいることを指摘しつつも、過失相殺割合が15%と低く留められている点です。
2.一光ほか事件
本件は水管橋の足場資材の搬出作業に従事していたA(死亡時17歳)が用水路内に転落して死亡したことを受け、遺族が関係各者に対して損害賠償を請求した事件です。
Aが従事していた工事(本件工事)をめぐる法律関係は、
三重県企業庁が発注者、
Y5が元請業者、
Y4が一次下請業者、
Y2が二次下請業者、兼、Aの派遣先、
Y1がAの給料支払者
Y3がY1及びAの派遣元、
という極めて錯綜した状態にありました。
原告ら遺族はY1~Y5に対して損害賠償を請求する訴えを提起しました。
一審が原告の請求を一部認容したところ、原告側が控訴し、被告Y1~Y5らが附帯控訴したのが名古屋高裁の控訴事件です。
死亡したAは、墜落制止用器具である胴ベルトを装着しない状態で歩廊に設置された手すりを乗り越えるという非常に危険性の高い行為に及んだうえ転落していました。そのため、本件ではAの過失相殺割合が争点になりました。
裁判所は、 Yらの責任を認めたうえ、次のとおり述べて、Aの過失相殺割合は15%だったと判示しました。
(裁判所の判断)
「本件事故のような転落事故について、転落した被災者の側の過失の有無及び程度を検討するに当たっては、被災者の経験や理解力の程度、使用者らの被災者に対する安全教育の程度、転落の原因及び防止措置の有無等を踏まえた被災者の過失の内容等の事情を総合的に考慮すべきである。」
「これを本件についてみると、亡Aは、本件事故当時17歳であり、そもそも高所作業に従事させることが法令上許されない者である(これに反する被控訴人Y4の主張に理由がないことは前記説示のとおりである。)。そして、前記のとおり、亡Aは、本件解体作業に従事する前から、被控訴人Y1の紹介を受けて建設作業に従事することはあった者であるが、その年齢や稼働期間が1年半程度であったこと、本件工事の現場に入ったのも2回にすぎないことに照らして、足場の解体作業やそれに付随する解体後の資材の搬出作業の知識や経験は極めて乏しかったか、無知識・未経験であったと考えられ、被控訴人らによる安全教育の徹底が強く望まれる状況にあったというべきである。」
「そこで、次に当該安全教育の程度について検討すると、前記・・・で認定したとおり、直接の雇用主である被控訴人Y1、労働者派遣の派遣元である被控訴人Y3、現場を事実上指揮監督していた被控訴人Y2のいずれにおいても、足場の解体作業やそれに付随する解体後の資材の搬出作業における転落防止という点について、安全教育を事実上行っていないか、行っていたとしても極めて形式的な程度にとどまっていたものである。また、被控訴人Y4は一次下請業者として、被控訴人Y5は元請業者(特定元方事業者)として、それぞれ、上記のような現場の実態を改善するための指導又は指示を行うべき立場にあったのに、その点について配慮をした事情は全くうかがわれない。」
「また、亡Aが本件手すりを乗り越えたことについては、確かに非常に危険な行為であって、これを他の作業員から直接指示されたことを認めるに足りる証拠はないものの、上記・・・の認定事実によれば、亡Aは、本件歩廊上で亡Aの前にいたFが、その先の橋台上における足場資材の仕分け作業が終わっていなかったために、運んできた足場資材を橋台上に下ろすことができない状況であったことから、自身が足場資材の仕分け作業を手伝うためにFを追い越す必要があり、本件手すりを乗り越えたものと認められる。そうであるとすると、その場にいたFが、亡Aの上記行動に気付いていた可能性は高く、あるいは気付いていなかったとしてもそのこと自体に大きな過失があるというべきであり、亡Aが理由もなく上記のような行動をとったみることは相当でない。」
「上記説示の亡Aに対する安全衛生教育の程度、亡Aが本件手すりを乗り越えた状況、その他本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、本件事故の発生については、被控訴人らの安全配慮義務違反の過失は大きいというべきであり、墜落制止用器具の胴ベルトを装着しない状態で本件手すりを乗り越えた亡Aにも一定の過失があることは否定できないものの、その割合は15%にとどめるのが相当である。」
3.非常に危険な行為とされながらも、過失相殺割合が15%に留まった
以上のとおり、裁判所は亡Aが「非常に危険な行為」に及んでいることを認めながらも、過失相殺割合は15%に留めました。
判決文を見ると、これは亡Aが知識や経験の少ない未成年労働者であったことが関係しているように思われます。裁判所の判断は、未成年労働者や未熟練労働者の過失相殺割合を考えて行くにあたり、実務上参考になります。
