能力と人脈は別-富裕層の人脈を持っていないことを理由とする本採用拒否が否定された例

1.試用期間中の本採用拒否が許容される場合

 最大判昭48.12.12最高裁判所民事判例集27-11-1536、労働判例189-16三菱樹脂本採用拒否上告事件は、試用期間の法的性質を解約権の留保と位置付けています。

 そのうえで、

「留保解約権の行使は、上述した解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許されるものと解するのが相当である。換言すれば、企業者が、採用決定後における調査の結果により、または試用中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至つた場合において、そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇傭しておくのが適当でないと判断することが、上記解約権留保の趣旨、目的に徴して、客観的に相当であると認められる場合には、さきに留保した解約権を行使することができるが、その程度に至らない場合には、これを行使することはできないと解すべきである」

と判示しています。

 最高裁の判示から分かるとおり、試用期間中の本採用拒否が許容されるのか否かを判断するにあたっては、解約権が留保された「趣旨、目的」がどこにあるのかを認定することが重要な意味を持ちます。

 それでは、解約権が留保された「趣旨、目的」はどのように認定して行くのでしょうか? この問題を考える好例となる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令7.6.13労働判例ジャーナル164-26 b事務所事件です。

2.b事務所事件

 本件で被告になったのは、公益財団法人の設立・運営に関する全般的なコンサルティング業と営む株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結した方です。賃金年額は1000万円と高く、業務内容は営業とされていました。

 この労働契約には3か月の試用期間が定められていて、被告は試用期間中に労働契約を終了させる意思表示をしました(本件解雇)。これを受けて、原告の方は、本件解雇の無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 この事件の被告は、解雇(本採用拒否)事由として、次のような主張をしました。

(被告の主張)

「被告の営業社員の採用は、超富裕層への公益財団法人設立の営業、それも超富裕層(エンド)にアプローチできる紹介者(パートナー)を開拓するという、特定の専門的かつ限定的な業務を担当する者が対象者であった。そして、その対象者には、これまでの職歴等から、既に富裕層の人脈を持ち、さらなる人脈形成が得意な者であることが求められていた。」

「そして被告は、原告を採用した際に、複数のパートナー候補を含む富裕層の人脈を持っていることを条件としたところ、これに対し原告は、自己の人脈リストとして、会社役員や経営コンサルタントの名前が約40人分記載された書類(・・・以下『本件名簿』という。)を持参し、そこに記載がある人物と信頼関係があり、エンドの情報のやり取りを含む営業をかけることができる旨申し出た。」

「しかし、その後原告は、本件名簿の掲載者は、知人ではなく声をかけたい人物の候補であると説明し、原告には超富裕層を紹介できる人物との人脈などないことが判明した。」

「このように、原告が本件名簿について虚偽の申告をしたこと、人脈というものが営業活動、研修、指導によって後天的に構築できないことを踏まえると、本件名簿の掲載者との人脈がないと判明した以上は、原告を引き続き勤務させることが適当ではない。」

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。結論としても、原告の地位確認請求を認めています。

(裁判所の判断)

「本件労働契約及び被告の就業規則には試用期間の定めがあるところ、本件解雇は試用期間中に行われたものであり、被告代表者も本件解雇に際し試用期間が3か月であることを伝えているから・・・、本件解雇は、被告に留保された解約権の行使として行われた趣旨と解するのが相当である。そして、このような留保解約権の行使は、解約権の留保の趣旨・目的に照らして、客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認され得る場合にのみ許されると解するのが相当である(最高裁昭和48年12月12日大法廷判決・民集27巻11号1536頁参照)。」

「被告は、被告の営業社員には、これまでの職歴等から、既に富裕層の人脈を持ち、さらなる人脈形成が得意な者であることを求めていたところ、原告は、本件名簿を提出して、掲載者と信頼関係があり、営業をかけることができる旨述べたが、実際はそのほとんどが知人ではなく、原告には超富裕層を紹介できる人物との人脈などないことが判明したから、留保解約権の行使には合理的理由がある旨主張する。」

そこで検討するに、被告の事業内容、営業社員の業務内容、求人広告の記載内容及び原告の履歴書の記載・・・を総合すれば、被告は、原告を含む中途採用する営業社員に対し、従前の職歴を生かす等して、富裕層との繋がりを有する人物に接触しての営業活動を期待していたことが認められる。

しかしながら、原告は、二次面接において、本件名簿に掲載された者に対し積極的なアプローチをしていく旨述べているものの・・・、本件名簿の掲載者との関係についてどのような説明をしていたかは、本件全証拠によっても明らかではない。

また、被告代表者は、原告が実際に知人に営業資料を渡したことを確認した後に二次面接を実施した一方で、二次面接においては、本件名簿の掲載者に営業を行うことができるかという質問をするものの、掲載者と原告との人的関係については確認していない・・・。

以上によれば、原告が、本件名簿の掲載者との間に人的関係がある旨の説明をしたと認めるには足りないし、被告にとっても、原告と本件名簿の掲載者との人的関係の存在及び内容が、本件労働契約を締結する上で必要な条件であったとも認められない。

その他、職歴のある中途採用者として一般的に期待される能力等を超えて、原告が富裕層との折衝経験を持っている又は富裕層の人脈を持っていることが、本件労働契約において原告が備えておくべき職務能力又は資質であったと認めるに足りる証拠はない。

そうすると、原告が富裕層との折衝経験を持っていなかった又は富裕層の人脈を持っていなかったとしても、そのことをもって、『従業員として勤務させることが不適格』(就業規則4条2項)であったり、『業務に適性を欠く』(本件労働契約・2条2項2号)ということはできず、留保解約権行使の客観的合理的理由ということはできない。

3.どれだけ気にかけていたのか?

 裁判所は、被告の事業内容、営業社員の業務内容、求人広告の記載内容及び原告の履歴書の記載のほか、二次面接時のやりとりをもとに、留保解約権の趣旨、目的を探求しています。

 そのうえで、二次面接で大して気にかけられていた様子がなかったことから、人脈は本件労働契約において原告が備えておくべき職務能力や資質ではなかったと判示しました。

 本採用拒否をめぐる裁判例の中には、趣旨、目的が厳密に踏まえられることなく、直観的に結論が出されているものもあります。本件の裁判所の判断は、本採用拒否の効力を争う事案に取り組むにあたり、実務上参考になります。