賃金水準が維持されていても、定年退職までの片道切符となる出向命令について不利益性が大きいとされた例

1.関連会社への出向

 比較的規模の大きい企業では多くの新人が採用されます。

 しかし、経営幹部まで昇進するのは、そのうちの一部でしかありません。

 残りの人たちはどうなっているのかというと、そのまま定年を迎えたり、関連会社に転籍したり、関連会社に出向したり、辞めて別会社転職をしたりしています。

 出向には色々な目的がありますが、組織のピラミッド構造を維持するための雇用調整的な使い方がされることは少なくありません。

 また、長い期間、働いていると、会社の有力者と反りが合わなくなってくることがあります。こうした場合に会社から放逐するための手段としても、出向命令は使われがちです。

 しかし、長年勤めた会社から定年までの片道切符として出向命令を言い渡されるのは衝撃的なことで、出向したくないと思う方は少なくありません。

 それでは、こうした定年退職までの片道切符となるような出向命令の効力を争うことはできないのでしょうか_

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるうえで参考になる裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日と紹介している東京地判令7.6.26労働判例ジャーナル163-1 図書館流通センター事件です。

3.図書館流通センター事件

 本件で被告になったのは、図書館管理業務の受託及び代行業等を業とする株式会社です。

 原告(昭和41年生)になったのは、被告との間で期間の定めなく雇用されていた従業員で、一時期、取締役でもあった方です。

 平成30年6月1日付で関連施設等に異動されたことを受け、配転命令の無効確認等*を求める訴えを提起したところ、令和2年5月27日、

「原告及び被告は、原告が和解成立後2ケ月以内に、C株式会社へ出向することに合意した」

との条項を含む和解が成立しました(前件和解)。

 その後、令和2年6月26日、

「出向期間は当年7月1日から令和5(2023)年6月30日までとするが、延長することがあるものとする」

などと書かれた辞令の交付を受けました(本件辞令1)。

 令和2年7月1日、原告、被告、Cは改めて

「契約期間2020年7月1日~」

と書かれた同意書を取り交わしました(本件同意書)。

 令和5年6月9日、原告は、被告から。

「出向期間は当年7月1日から令和8(2026)年7月25日までとするが、延長することがあるものとする」

などと書かれた辞令の交付を受けました(本件辞令2)

 こうした扱いを受け、原告の方は、被告からの出向によりC株式会社において勤務する労働契約上の義務のないことの確認を求める訴えを提起しました。

 本件では出向の効力が問題になりましたが、注目したいのは、本件辞令2に係る出向命令の効力についての判示です。

 裁判所は、本件辞令2に基づく出向命令の効力を否定しているのですが、その不利益性を判断するにあたり、次のような判断を示しました。

(裁判所の判断)

「原告の被る不利益に関して検討するに、前記・・・の認定事実によれば、原告は、平成元年4月に被告に入社して以来、約26年間にわたって被告の営業業務に従事し、被告の取締役や関連会社の代表取締役を務めてきたが、令和2年7月1日以降のC社への出向により、同社のシステムエンジニアの人材派遣やコールセンターの受託などを担う部署に配属され、同部署においてデータ入力等の単純な事務作業や、図書とは無関係の商品の売り込み等の業務に従事していたことが認められ、これらのC社での原告の業務は、被告での長年の勤務により原告が有するに至った図書館及び図書流通関連の営業に関する知識、経験、能力を発揮できるものとはいい難い。そして、被告は、原告のC社での業務の実態に関して、当初の3年間の出向期間において既に上記の状況が明らかになっていたにもかかわらず、上記出向期間を通じて原告との間で面談を一度も実施せず、上記の状況を把握しないまま、本件辞令2に係る出向命令に基づき更に3年以上の延長を命じたものであって、原告の被る職業生活上の精神負担面での不利益は大きい。」

「また、原告のC社への出向は、当初、本件辞令1に係る出向命令が3年間という出向期間を定めていたにもかかわらず、本件辞令2に係る出向命令においては、敢えて、上記期間を超えて、原告の定年退職日であると認められる令和8年7月25日・・・を終期とする3年以上の出向期間を定めて出向が延長されたものであるが、前記・・・で説示したとおり出向の延長を肯定し得るほどの業務上の必要性は認め難いことに加え、過去のセクハラ発言などの言動に反省を示さない原告に支社長クラスを任せることはできない旨の被告の主張などに照らすと、本件辞令2に係る出向命令に基づく出向の延長は、原告の過去の言動を理由に原告の被告への復帰の途を閉ざし、原告を被告の職場から放逐する帰結になるものであって、前件和解において同社への転籍ではなく出向という形式を選択した原告にとって不利益性は大きい。この点に関して被告は、被告から被告の関連会社への出向は日常的であって、被告の関連会社への出向中に定年退職を迎える被告の正社員も毎年数名いるなどと主張するが、前記・・・の認定事実によれば、被告から被告の関連会社への出向のほとんどは、被告が毎年度初めに社員に配布するメンバー表に社名の記載がされた被告の関連会社(公益財団法人Sを含む。)への出向であり、これは、辞令の交付や個別の出向労働条件通知書(兼同意書)の作成をすることなく行われているもので、実質的には被告における部門間の異動と同一視し得る出向と見るのが相当であり、辞令や出向労働条件通知書(兼同意書)を交付して行われた原告のC社への出向とはその性質を異にするものといえる。そうすると、原告以外に出向中に定年退職を迎える被告の正社員が存在するとしても、原告が出向を延長されてまでしてC社で退職を迎えることとは同列に論ずることはできず、原告が被る上記不利益の大きさを減ずるものではない。」

「このほか、被告は、本件辞令2に係る出向命令に基づく出向の延長によっても、原告は年額900万円の賃金を得続けることができ、不利益がないと主張する。しかしながら、本件同意書の『賃金』欄には『給与改定(原則として毎年4月、出向先の評価を踏まえて改定)』との原告に対する人事評価の実施を前提とする記載があるにもかかわらず、本件辞令1に係る出向命令に基づく3年間の出向期間において、被告及びC社では原告に対する面談や人事評価はされず、出向の延長に当たっても、原告のC社での働きぶりなどを基に原告の賃金水準に関して検討が行われたことは認められない。被告の主張を前提としても、原告はC社内で活躍の期待を受けているとのことであるが、そうであれば、900万円の賃金水準が維持されていることは、単に、当初の3年間の出向期間に関する評価等がされないままに放置された結果にすぎず、これをもって出向延長に関して原告に不利益がないことを積極的に根拠付ける事情とはならない。

「以上によれば、本件辞令2に係る出向命令によって原告の被る不利益は大きいものといわざるを得ない。」

3.賃金水準が維持されていてもキャリアを無視した出向命令が重く見られた

 以上のとおり、裁判所は賃金水準が維持されていても、キャリアを無視した出向命令の不利益性を大きいと評価しました。

 賃金減額がないにもかかわらず、通常甘受すべきレベルでの不利益にすぎないといった評価がなされなかったのは画期的なことだと思います。裁判所の判断は、片道切符となる出向の効力を争う事案に取り組むにあたり、実務上参考になります。