1.労働契約締結の場面での「合理性」と変更の場面での「合理性」
労働契約法7条本文は、
「労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする」
と規定しています。
労働契約法10条本文は、
「使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする」
と規定しています。
つまり、
労働契約締結の時点で就業規則がある場合、就業規則が労働条件になるかは労働契約法7条で規律され、
労働契約変更の時点で就業規則がある場合、就業規則の変更によって労働条件が変更されるかは労働契約法10条で規律されます。
それでは、労働契約締結の時点では就業規則がなかったものの、新たに就業規則を作成する場合、労働条件の変更は、労働契約法7条の問題になるのでしょうか? それとも、労働契約法10条の問題になるのでしょうか? 新しい就業規則という側面に注目すれば労働契約法7条の問題になりそうな気がしますし、労働条件の変更という側面に注目すれば労働契約法10条の問題になりそうにも思われます。
この問題が発生するのは、労働契約法7条の合理性と労働契約法10条の合理性とでは意味が異なるからです。具体的には、労働契約法の理解の仕方として
「就業規則の不利益変更における合理性審査(10条)と比較すると、本条(労働契約法7条 括弧内筆者)は、就業規則の定める労働条件それ自体の合理性を問題とするため、緩やかに合理性が認められうることには共通の理解がある」
とされています(荒木尚志ほか編『注釈労働基準法・労働契約法 第2巻-労働基準法(2)・労働契約法』〔有斐閣、初版、令5〕365頁参照)。
近時公刊された判例集に、この問題を考えるうえで参考になる裁判例が掲載されていました。東京地判令7.3.13労働判例ジャーナル162-30 コロナワークス事件です。
2.コロナワークス事件
本件で被告になったのは、コンピュータソフトウェアの企画、開発、販売、保守等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、ソフトウェア開発業務に従事していた方です。懲戒解雇とする旨の記載のある通知書を送付されたことを受け、地位の確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
本件では十二の解雇事由が主張されましたが、その中の一つに、勤務表の改竄がありました。ここでは、元々、1日の所定労働時間が7時間30分とされていたところ、これを就業規則の作成により8時間としたにもかかわらず、所定労働時間7時間30分を前提として残業代を提出したことが問題だとされました。
この論点を判断するにあたり、就業規則の作成による労働条件の変更が、労働契約法7条によって規律されるのか、労働契約法10条によって規律されるのかが争われました。
裁判所は、次のとおり述べて、労働条件の変更は労働契約法10条により規律されるとし、勤務表の提出が懲戒事由(解雇の前提となる減給処分の事由)となることを否定しました。
(裁判所の判断)
「新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは,原則として許されないが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない。そして、当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。上記合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである(労契法9条、10条、最高裁昭和40年(オ)第145号同43年12月25日大法廷判決・民集22巻13号3459頁、最高裁平成4年(オ)第2122号同9年2月28日第二小法廷判決・民集51巻2号705頁)。」
「被告は、〔1〕労契法9条、10条は、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更する場合の規定であり、本件のように新たな就業規則の作成により労働条件を変更する場合には、労契法7条によって、その効力が肯定される、〔2〕労契法の制定前の上記判例は適用されない旨主張する。そして、確かに、労契法9条の文言上は、就業規則の変更の場面を想定した規定であることがうかがわれる。 」
「しかしながら、労契法7条の『労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において』との文言に照らせば、同条は、労働契約を締結する場面を規律する規定であり、既に労働契約関係にある者につき、合意によることなく労働条件を不利益に変更する場面を規律するものとは解し難い。そして、新たな就業規則の作成及び変更による労働条件の変更は、いずれも労働契約の締結後に合意によらずに労働条件を変更するという利益状況が共通していること等に照らせば、労基法9条、10条の趣旨は、新たな就業規則の作成による労働条件の変更についても及ぶと解するのが相当であり、上記各条が、新たな就業規則の作成による労働条件の変更も含めて上記各条と同様の規範に基づいて判断した上記判例を否定するものともいい難い。そうすると、被告の主張は採用することができない。」
「認定事実・・・によれば、被告は、本件就業規則の作成により、原告の労働条件について、従来1日7時間30分とされていた所定労働時間を令和4年4月1日から1日8時間に変更したことを前提として、原告が本件勤務表書式の計算式を変更して所定労働時間が7時間30分であることを前提として残業時間を算定した勤務表を提出したことが、勤務表の改ざんに当たるとして、複数回にわたって減給処分を行っている。」
「原告は、本件就業規則の作成により、賃金を増額されることなく、より多くの休日を付与されることもなく、1日の所定労働時間が30分間延長されることとなるのであるから、本件就業規則の作成が原告の労働条件を不利益に変更するものであるというべきであるし、また、労働時間が賃金と並んで重要な労働条件であることは、明らかである(最高裁平成9年(オ)第2197号同12年9月22日第二小法廷判決・裁判集民事199号665頁参照)。そして、本件労働契約においては、基本給に20時間分の残業代を含むことが合意されているところ、1日の所定労働時間が7時間30分であれば、1箇月のうち20労働日につき各8時間30分を超えて労働した場合には、別途時間外割増賃金が支払われるのに対し、1日の所定労働時間が8時間とされた場合、1箇月のうち20労働日につき各9時間を超えて労働した場合でなければ、時間外割増賃金が支払われなくなる点において、原告の受ける不利益は、経済的にみても軽微とはいえない。」
「他方、被告は、労働条件を不利益に変更せざるを得ない理由として、令和4年7月期の決算で創業以来初の赤字となり、その額が約1000万円となったこと、顧客の現場における勤務時間が1日8時間であることから、1労働日当たり30分の法内残業時間が発生し、その手当を負担し続けることが経営的に不可能であること等を主張するけれども、その主張によれば、被告においては、令和3年7月期までは利益が発生していたことになり、当時、経営状態の悪化が継続していたと認めることはできないこと等に照らすと、不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性があったとまでは認め難い。そうすると、本件就業規則の作成によって、原告の所定労働時間が1日7時間30分から8時間に変更されたということはできない。」
「また、以上の点をおくとしても、就業規則の作成による労働条件の不利益変更の効力の有無については、最終的には裁判所が前記・・・で説示した諸要素を総合的に考慮して判断すべき事項であり、その結果を確実に予測することは困難であることに照らせば、本件のように労働条件の不利益変更があったことが明らかな場合において、労働者が、使用者に対し、上記不利益変更の効力がないことを前提とする時間外労働時間を主張し、その主張に沿った記載をした勤務表を提出したとしても、そのことをもって、懲戒事由になるとはいえない。」
「以上によれば、解雇事由11に係る被告の主張のうち、原告が被告に対して1日の所定労働時間が7時間30分であることを前提として残業時間を算定した勤務表を提出し、被告からの訂正の指示に従わなかったという点については、失当といわざるを得ず、原告の上記の行為を理由としてされた複数回の減給処分は、客観的に合理的理由を欠き、社会通念上相当であると認められず、無効というべきであるから、原告が過去に懲戒処分を受けながら、解雇事由1に係る行為に及んだと評価することもできない。」
3.労働契約法10条の問題
以上のとおり、裁判所は就業規則の新設による労働条件の変更の可否は、労働契約法7条ではなく労働契約法10条によって規律されると判示しました。法の文言の穴を埋めた事例として、実務上参考になります。
