1.中小企業退職金共済制度
「中退共」という言葉があります。
これは中小企業退職金共済制度の略称です。
中小企業退職金共済制度は、中小企業退職金共済法に根拠があり、
事業主が中退共(独立行政法人勤労者退職金共済機構)と退職金共済契約を結ぶ、
事業主が毎月の掛金を金融機関を通じて納付する、
従業員が退職したとき、その従業員に中退共から退職金が直接支払われる、
という仕組みです。
中退共制度は、法律で定められた外部積立型の退職金制度といえます。
中退共制度とはどのような制度ですか?|Q&A(よくあるご質問)|中小企業退職金共済事業本部(中退共)
それでは、この中退共から退職金を受領しつつ、解雇や退職の効力を争うことはできないのでしょうか?
なぜ、このようなことが必要になるのかというと、当面の生活費を確保する必要があったり、時効を阻止したりする必要があるからです。
地位確認事件の係争中、生活費を確保するための方法としては、
ハローワークで雇用保険の仮給付を受ける、
他社就労する、
という二つの方法があります。
しかし、精神疾患⇒休職⇒解雇ないし自然退職というルートが辿られている場合、仮給付の受給期間満了後も働くことができないことがあります。こうした場合、生活費を確保するため、中退共の退職金を受給する必要が生じます。
また、中小企業退職金共済法33条1項は、
「退職金等の支給を受ける権利はこれらを行使することができる時から五年間、掛金及び過去勤務掛金の納付を受ける権利並びに掛金又は過去勤務掛金の返還を受ける権利はこれらを行使することができる時から二年間行使しないときは、時効によつて消滅する。」
と規定しています。
最近では提訴から判決が確定するまで5年かかる事案はあまり目にしません。しかし、規模の大きな事件で、控訴審まで合わせ3~4年くらいかかることはないわけではありません。時効間際になって受給に必要な手続を踏むのは慌ただしくエラーを誘発するため実務的ではありません。時効の問題を気にせずに係争を続けるため、受給できるものは受給してしまうという発想が出てきます。
しかし、中小企業退職金共済法10条1項が、
「機構は、被共済者が退職したときは、その者(退職が死亡によるものであるときは、その遺族)に退職金を支給する」
と規定しているとおり、中小企業退職金共済機構から退職金を受給するにあたっては、退職をしたことが前提となります。そうであるとすると、退職金を受給したことは、地位確認請求訴訟を追行するにあたり、退職を自認したものとして、不利に扱われることはないのでしょうか? 一昨日、昨日と紹介している、横浜地判令7.3.25労働判例ジャーナル162-28 損害賠償等請求事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。
2.損害賠償等請求事件
本件で被告になったのは、横浜市で法律事務所を経営する弁護士2名(父・被告A、子・被告B)です。
原告になったのは、昭和50年生まれの女性で、被告らが経営する法律事務所で事務員として就労していた方です。休職期間満了を理由に解雇されたことを受け、地位確認と共にハラスメントを理由とする損害賠償を請求したのが本件です。
この事件の原告の方は、係争中に中小企業退職金共済機構から退職金を受給していました。被告はこれを任意退職の徴表だと主張しました。しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。結論としても、地位確認請求を認めています。
(裁判所の判断)
「被告らは、原告は、退職日として令和2年7月31日と記載された請求書をもって中退共本部に中退共制度に基づき退職金等の支払を請求し、令和5年12月7日、退職金等を受領したのであるから、令和2年7月31日付けで原告が本件事務所を退職したことを認めていると主張する。」
「しかし、認定事実・・・のとおり、原告は、令和3年12月15日時点で、中退共本部からの退職金受領の手続を進めるに当たり、『貴社へ復帰して就労する意思を失った訳ではありません』という留保を付していたのであり、現に中退共本部に退職金を請求した令和5年10月25日当時においても、本件訴訟において解雇の効力を争い、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めていたのであるから、退職金を請求し、これを受領したという事実をもって、原告が、被告に対し、令和2年7月31日付けで原告が本件事務所を退職する旨の意思表示をしたとは到底認められない。」
3.留保を付する
上述のとおり、裁判所は留保が付されたうえで退職金受領の手続きが進められていたことを指摘したうえ、退職金の受給は退職の意思表示とは理解できないと判示しました。
退職金の受給に限らず、地位確認請求と矛盾していると言われかねない行動をする時、留保を付することは良く行われます。それなりに効力を発揮するので、この方法は覚えておいて損はありません。
