必ず残業が発生することを前提とする固定残業代の合意の効力をどのように考えるのか?

1.固定残業代

 固定残業代とは、

「時間外労働、休日および深夜労働に対する各割増賃金(残業代)として支払われる、あらかじめ定められた一定の金額」

をいいます(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕115頁参照)。

 固定残業代には、基本給に組み込まれているタイプと手当として括りだされているタイプとがありますが、いずれにせよ一定の要件(判別性、対価性)のもとで残業代の支払としての有効性が認められています。

 しかし、固定残業代は使用者にとって損でしかない仕組みです。残業時間が予定された時間に満たなくても固定残業代部分の賃金を支払わなければならない反面、実労働をもとに計算した残業代が固定残業代を上回っている場合には、その差額を労働者に支払わなければならないからです。労働者の労働時間を把握する責務から解放されるわけでもなく、固定残業代の導入には、何のメリットもありません。

 それでは、何のために導入されるのかというと、見せかけの賃金を高くしたり、定額働かせ放題とするような労務管理を実現したりするなど、公正さに疑問を感じさせるような意図のもとで使われることが少なくありません。

 必ず残業が発生することを前提とした賃金設計も適法性に疑問を感じさせる固定残業代の利用の仕方の一つです。例えば、基本給に1時間分の固定残業代を組み込み、1日9時間労働を命じるような場合がこれにあたります。これは実質的に見れば1日9時間労働制を実現するに等しく、1日の労働時間を8時間以内とする労働基準法32条2項、割増賃金の支払を通じて残業の抑制を図る労働基準法37条1項の法意に照らし問題であるように見えます。

 近時公刊された判例集に、こうした仕組みの効力を問題視した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令7.3.6労働判例ジャーナル162-38FHK事件です。

2.FHK事件

 本件で被告になったのは、

飲食店の経営及び企画当を業とする合同会社(被告会社)

被告会社の業務執行社員かつ代表社員(被告代表者)

の2名です。

 原告になったのは、アルバイトから正社員になった後、被告を退職した元従業員の方です。

被告会社に未払時間外勤務手当等(残業代)を請求するとともに、

被告代表者には被告会社に時間外勤務手当等を支払わせる任務を懈怠したとして未払時間外勤務手当等に相当する額の損害賠償を請求したのが本件です。

 本日焦点を当てたいのは、残業代請求との関係です。

 被告会社が運営する店舗では、

平日 午前12時から午後3時まで 午後5時から午後11時まで

土日祝日 午前12時から午後11時まで

が営業時間とされていました。

 このような事実関係を前提としたうえ、被告らは次のとおり述べて、原告との間では固定残業代の合意が成立していると主張しました。

(被告の主張)

「被告会社は、原告をアルバイトとして採用する際の面談及び正社員として採用する際の面談において、原告に対し、原告の給与に1時間分の時間外・深夜割増賃金(固定残業代)が含まれており、また、原告は被告会社に対し上記の1時間分を超える割増賃金については請求せず、代わりに、原告が本件店舗の営業終了時刻(午後11時)より早く退勤した場合であっても被告会社は賃金を減額しないことを説明し、原告はその旨を了解していた。したがって、原告と被告会社との間において上記のとおりの合意が成立している。」

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「被告らは、原告をアルバイトとして採用する際の面談及び正社員として採用する際の面談において、原告に対し、原告の給与に1時間分の時間外・深夜割増賃金(固定残業代)が含まれており、また、原告は被告会社に対し上記の1時間分を超える割増賃金については請求せず、代わりに、原告が本件店舗の営業終了時刻(午後11時)より早く退勤した場合であっても被告会社は賃金を減額しないことを説明し、原告はその旨を了解していたとして、原告と被告会社との間において上記のとおりの合意が成立している旨主張し、本件店舗の店長として原告を正社員に採用する際の面談を行ったC(以下『C』という。)も、陳述書及び証人尋問においてこれに沿う供述をしている。」

「しかしながら、原告と被告会社との間では雇用契約書等は作成されておらず、また、原告に交付された賃金明細にも固定残業代に関する記載は見当たらない・・・。このように、本件では、原告と被告会社との間で上記合意が成立したことを裏付けるような書証は提出されておらず、原告が当事者尋問において上記合意を明確に否定していることも踏まえると、被告らが主張する上記合意の成立を認めることはできない。」

「なお、被告らが主張する上記合意の内容は、要するに、本件店舗の営業時間(午前12時から午後11時まで)のうち平日に閉店している時間(午後3時から午後5時まで)を除く9時間を1日の所定労働時間とした上で、時間外割増賃金等については基本給に含まれるものとして一切支給しないとするものに等しく、仮に当該合意が認められるとしても、労基法37条に違反するものとして無効というべきである。」

「したがって、被告らの上記主張は採用することができない。」

3.固定残業代を利用した1日9時間労働制の否定

 裁判所の判断で目を引かれるのは、「なお」以下の部分です。裁判所は1日9時間制とするかのような固定残業代の合意は、合意の事実が認められるとしても、違法(労基法37条違反)であり、その効力が否定されるとの判断を示しました。

 固定残業代の濫用の仕方には幾つかのパターンがありますが、必ず残業が発生するような働き方、1日8時間労働制を潜脱する類型を争うにあたり、裁判所の判断は実務上参考になります。