1.刑法上責任を問われない過失行為
刑法38条1項は、
「罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。」
と規定しています。
この規定から分かる通り、故意ではない行為(罪を犯す意思がない行為)で処罰されるのは、自動車運転過失致死傷罪(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律5条)などの特別の規定がある場合に限られます。
無免許運転(道路交通法117条の2の2第1項1号)や器物損壊(刑法261条)には過失処罰規定がないため、過失による無免許運転や過失による器物損壊を処罰することはできません。過失による無免許運転というと不思議に聞こえるかも知れませんが、無免許運転には有効期限徒過による失効に気付かないで車に乗り続けていたような場合も含まれるため、過失による無免許運転は実務上一定の頻度で目にします。
それでは、公務員の懲戒処分についてはどのように理解されるのでしょうか?
懲戒も制裁である以上「責任」「有責性」の要素は、それなりに大きな事情として見られます。そのことは、以前、
「本件の窃盗行為当時、若年性認知症又は軽度認知障害等によって認知機能が低下しており、原告の事理弁識能力又は行動制御能力に影響を与えていた疑いがあることは前判示のとおりであり、このことも一事情として考慮すべきである。」
などと判示された事案や(東京地判平30.10.25労働判例1201-85国・防衛大臣(海上自衛隊厚木航空基地隊自衛官)事件)、
「本件懲戒事由当時原告がせん妄であったか否かは、事理弁識能力を欠く状態にあったとしても、全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあったものとしてなお地方公務員法上の懲戒事由に当たる可能性は残るとしても、少なくとも責任能力等の観点から非難可能性の程度を左右する事情であると考えられ」(る)
と判示された事案(静岡地判令7.3.6労働判例ジャーナル160-56 静岡県・静岡県教委事件)
を紹介させて頂いたとおりです。
責任能力も故意も「責任」「有責性」といった括りで語られる要素の一つですが、懲戒事由とされている行為には、故意のない行為まで含まれるのでしょうか?
近時公刊された判例集に、この問題を考えるうえで参考になる裁判例が掲載されていました。熊本地判令7.2.19労働判例ジャーナル161-42 球磨郡公立多良木病院企業団事件です。
2.球磨郡公立多良木病院企業団事件
本件で被告になったのは、病院を経営する一部事務組合(地方公共団体の一種)です。
原告になったのは、被告が経営する病院(本件病院)に採用され、総合健診センター管理課長等の仕事を担っていた方です。赤信号を看過して他の自動車との間で物損事故を起こした後、免許証が有効期限徒過により失効していることが判明しました。これが「職員が無免許運転で他人に物的損害を与えたとき」という非違行為に該当するとして停職4か月を内容とする懲戒処分を受けました。この懲戒処分に対し、取消を請求する訴えを提起したのが本件です。
本件の原告は、懲戒事由として定められている「無免許運転」は故意による無免許運転の場合を指すものだと主張しました。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、懲戒事由としての「無免許運転」は過失を包含すると判示しました。結論としても、原告の請求は棄却しています。
(裁判所の判断)
「原告は、本件別表には過失による無免許運転について明記されておらず、道路交通法64条違反により刑事罰を科す際には、故意が必要であることから、本件別表における無免許運転とは、当該職員が無免許運転であることについて故意がある場合を指すものと解するのが相当であると主張する。」
「そこで検討すると、公務員に対する懲戒処分は、当該公務員に職務上の義務違反、その他、単なる労使関係の見地においてではなく、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地において、公務員としてふさわしくない非行がある場合に、その責任を確認し、公務員関係の秩序を維持するため、科される制裁である(最高裁昭和47年(行ツ)第52号同52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁参照)。」
「そして、道路交通法が、免許を受けないで自動車等を運転してはならない旨定めており(同法64条1項、84条1項)、一旦免許を受けた場合でも、免許を受けた者が免許証の更新を受けなかったときはその効力を失うと定めていることからすると(同法105条1項)、自動車等の運転をする者は、免許を取得し、免許証の更新の手続等により免許の有効性を維持した上で運転すべき義務を負うと解するのが相当であり、自動車等の運転をする者は、運転の際に自らの免許の有効性を確認すべきであって、客観的に有効な免許を保持することなく運転行為をした場合には、そのこと自体が道路における危険、社会公共の安全を害するおそれを基礎付けるといえる。そうすると、過失による無免許運転が道路における危険を惹起し得るものであることは否定できず、上記の各規定が、その文言上、故意があることを要件としていないことなどに照らしても、道路交通法64条1項に該当するために無免許運転の故意は必要でないと解される。また,本件別表の規定も、その文言上、故意があることを要件としておらず、公務員が過失による無免許運転により他人に物的損害を与えたときには、無免許運転に内在する道路における危険が顕在化したといえ、公共の利益のために勤務する公務員としてふさわしくない非行があると評価できるから、これを理由として懲戒処分を行い得ると考えられる。」
「なお、道路交通法違反の行為につき刑事罰を科すためには運転者の故意を要するのは、刑法上の責任主義(刑法38条1項)の観点からの要請であるところ、上記のとおり、公務員関係の秩序維持という目的のために行われる懲戒処分は、過去の違法行為に対する制裁として行われる刑事罰とは目的も性格も異なる別個のものであることは明らかである。」
「以上を踏まえると、本件別表における無免許運転には、故意によるものだけではなく過失によるものも含まれると解すべきである。」
3.過失行為まで含まれるとされた
以上のとおり、裁判所は「無免許運転」には過失によるものまで含まれると判示しました。裁判所の判断を前提とすると、過失行為について故意行為を前提とした処分量定が行われている場合であればともかく、過失行為について過失行為であることを前提とした処分量定が行われた場合、これを争うことは難しいとなりそうです。
懲戒事由の解釈にあたり、裁判所の判断は、実務上参考になります。
