1.直接雇用していない相手方に対する損害賠償請求は制限を受けるか?
使用者から被用者に対する損害賠償請求は、信義則上相当と認められる限度に制限を受けます。その根拠となっているのが最一小判昭51.7.8最高裁判所民事判例集30-7-689です。この最高裁判例は、使用者から被用者に対する損害賠償請求について、
「使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被つた場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである。」
との規範を示しました。
ここで一つ問題があります。
この法理が「被用者」以外の者には及ばないのかという問題です。
働き方が多様化するにつれて、使用者ではない人の指示のもとで働くという現象がみられるようになっています。例えば、
業務委託者が業務受託者に対して指示をする、
業務委託者が業務受託者の被用者に対して指示をする、
といったようにです。業務委託の形式をとってはいるものの実質的には労働契約であるだとか、いわゆる偽装請負として業務委託者が業務受託者に対して具体的な指揮命令を行っているだとか、事実上の使用ー被用関係がある場合には、比較的話は簡単です。
しかし、労働契約性、労働者性の認定を媒介とせず、昭和51年最高裁判決の規範を及ぼすことができるのかという問題があります。
近時公刊された判例集に、この問題を考えるうえで参考になる判断を示した裁判例が掲載されていました。東京高判令6.5.22労働判例1332-56 謙心建設事件です。
2.謙心建設事件
本件で原告(控訴人兼被控訴人)になったのは、建設業を目的とする株式会社です。
被告(控訴人兼被控訴人)になったのは、原告から業務を受託していた株式会社の従業員の方です。原告所有のトラックを運転して二件の自損事故を起こしたところ、原告から損害賠償を請求されたのが本件です。
本件の被告は、次のとおり述べて、損害賠償責任を争いました。
(一審被告の主張)
「労働者が労働過程で些細な不注意(軽過失)により損害を与えたとしても、そのリスクは使用者において引き受けるべきであって、労働者の賠償義務が認められるのは、労働者に故意又は重大な過失がある場合に限定されると解すべきである。」
「本件において、一審被告は、第1事故の時点(平成31年1月28日)ではAに雇用されていたため、一審原告との間に直接の雇用関係はなかったものの、一審原告の従業員が一審被告に同行し、解体作業や廃材の運搬についての具体的な指示を行っており、また、一審被告は一審原告の車両、工具、資材等を使用していたのであって、一審被告は、直接雇用下にあるのと同視できる程度に、一審原告からの指揮命令に服していた。また、一審被告は、第1事故後の同年1月末からは、一審原告との直接の雇用関係に入っており、第2事故の時点(同年3月13日)では一審原告に直接雇用されていた。」
「そして、本件の第1事故及び第2事故において、仮に一審被告に前方注視義務違反ないし安全運転義務違反があったとしても、これらは車両の運行を内容とする一審原告の業務に一般的に内在する義務の違反であって、重大な過失はなかったのであるから、一審被告は賠償義務を負わない。」
「仮に、一審被告の過失責任を問い得るとしても、その範囲は、損害の衡平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度に制限される(最高裁昭和51年7月8日第一小法廷判決・民集30巻7号689頁参照)。」
「本件においては、一審被告の過失の程度が軽微であること、一審原告は賠償金を実質的に回収していること、一審原告による請求が過大であり、また請求方法が不当であることなども考慮すると、一審被告の賠償範囲は相当程度制限されるべきである。」
こうした主張を受け、裁判所は、次のとおり述べて、原告の負うべき責任を10%の限度に制限しました。
(裁判所の判断)
「使用者が、その事業の執行についてされた被用者の加害行為により直接損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度においてのみ、被用者に対し上記損害の賠償を請求することができるものと解される(前掲・最高裁昭和51年7月8日第一小法廷判決参照)。」
「本件において、一審被告は、第1事故の時点(平成31年1月28日)では一審原告との間に直接の雇用関係はなく、一審原告の業務委託先であるAに雇用されていたものの、一審原告の従業員から解体作業や廃材の運搬についての具体的な指示を直接受け、一審原告の車両、工具、資材等を使用していたものと認められる・・・。そして、第1事故は、一審被告が、まさに一審原告の従業員からの指示を受けて、廃材を処分場まで運搬するため、一審原告の所有する車両(第1車両)を運転している際に生じたものであって・・・、第1事故による一審被告の一審原告に対する損害賠償責任については、直接の雇用関係がある場合と同様に、上記・・・の理が妥当するものというべきである。」
「また、第2事故の時点(同年3月13日)の雇用関係については、一審被告は既に一審原告と直接の雇用関係に入っていたと主張する一方、一審原告は第2事故の後の同月中旬頃に直接の雇用関係に入ったと主張しているところ、いずれの主張についてもその裏付けとなる客観証拠が見当たらず、証拠上は判然としない。もっとも、第2事故の時点で一審原告との直接の雇用関係に入っていたのであればもちろん、仮にまだ直接の雇用関係に入っていなかったとしても、一審被告は、第1事故の時点と同様に、一審原告の従業員から具体的な指示を直接受け、一審原告の車両、工具、資材等を使用していたものである上、第2事故はまさに一審被告が一審原告の所有する車両(第2車両)を運転している際に生じたものであって、いずれにせよ、上記・・・の理が妥当することに変わりはない。」
「そこで検討するに、一審原告は、建設業等を目的とする株式会社であり、従業員数は5人程度・・・、当時の年間売上高は2億1000万円程度であるものの・・・、平成31年時点で14台の車両を有しており・・・、このうち11台がトラック(ダンプトラックを含む。)であった(甲10のうち明細番号00009、00010及び00014を除いたもの)ものと認められる。」
「そして、一審原告では、一つの現場に最低でも1台のトラックを必要としていたところ、平成31年1月ないし3月当時は15件近くの現場で業務を行っており、1台のトラックで複数の現場をカバーしていたのであって、トラックに支障が生じた場合、代車が必要となる可能性が相応にあったのに・・・、一審原告は、第1車両の車両保険では代車補償を対象外とし(甲9の1。明細番号00007に『代車なし 代車補償対象外』と記載されている。)、第2車両の車両保険でも一般的なトラックを代車補償の対象外としていた(甲9の2、甲13。代車を『総排気量が1,300ccクラス以下の自家用小型乗用車』に限るとしている。)ものと認められる。」
「他方、一審被告は現場作業員であり、一審原告の従業員から直接指示を受けて解体作業や廃材の運搬に従事していたのであって、当時の給与収入は手取りで約23万円ないし25万円程度にとどまっていたものと認められる・・・。しかも、使用者である一審原告においては、自動車保険に加入することで損害の填補を受けたり、賠償責任を免れたりすることができるのに対し、被用者である一審被告において、そのような保険に容易に加入することができたとはにわかに認め難い。」
「そして、一審被告の惹起した第1事故は第1車両を車道左側のガードレール等に衝突させたものであり、第2事故は第2車両を横転させたものであって、いずれも比較的単純な自損事故である上、その際、一審被告において、酒気帯び運転や大幅な速度超過その他の著しい過失があったとまでは認められない。」
「なお、一審被告の自動車運転免許には「準中型で運転できる準中型車は準中型車(5t)に限る」との条件が付されており・・・、ここにいう『準中型車(5t)』とは車両総重量が3.5t以上5t未満の準中型車を指すところ・・・、第2車両の車両総重量はこれを超えていたため(当事者間に争いがない。)、本来、一審被告は第2車両を運転することができなかったものである。もっとも、この条件違反と第2事故の発生との間に直接の因果関係があるとは認め難い上、一審原告の代表者の供述によれば、代表者自身は一審被告の自動車運転免許に上記の条件が付されていたことを知っていたものの、現場の従業員がこれを知らないまま、一審被告に対して第2車両を運転するよう指示したものと認められるところである・・・。」
「以上の各認定事実を総合考慮すると、本件において、一審原告が第1事故及び第2事故により被った損害のうち一審被告に対して賠償を請求することができる範囲は、信義則上、その損害額の10%を限度とするのが相当である。」
3.キーワード「具体的な指示を直接受け」
業務遂行上の指揮監督(具体的な指示)の有無は、労働者性の考慮要素ではあります。しかし、重要な考慮要素ではあるものの、それだけで労働契約性や労働者性が決まるわけではありません。
本件の特徴は、昭和51年最高裁判決の規範の適用の可否を判断するにあたり、労働者性の判断を先行させていないことです。労働者性の考慮要素の一つである「具体的な指示≒業務上の指揮監督」という要素だけをピックアップし、これが肯定されることを昭和51年最高裁判決の射程を及ぼす根拠としています。
これはフリーランス保護、業務受託者(ないしその従業員)保護を考えて行くにあたり画期的なものです。パーセンテージの低さと言い、今後、直接の雇用関係(労働契約関係)のない相手方から損害賠償請求をされた場合に、積極的に活用を試みて行くことが考えられます。
