1.判決確定後の記者会見
訴訟提起した事実を記者会見をして広く告知することを、一般に提訴記者会見といいます。提訴記者会見は、①認識に相違があった場合に相手方から名誉毀損で訴えられる危険がある、②主張の変遷や矛盾を捕捉される契機となりかねない、③相手方との関係が悪化して和解が成立しにくくなるといった問題があります。また、④記者会見を開くことによって結論(判決)が左右されることはありません。
このようにメリットに乏しく、デメリットが目立つことから、政策形成訴訟(訴訟を契機として国会による立法や法改正による解決を目指すような事件)のような特殊な場合を除き、提訴記者会見はしない方が無難です。
それでは、裁判の持つ意義を社会に向けて発信できないのかというと、そういうことはありません。記者会見をしたい場合、確定判決を取得してからやるという方法があります。勝訴した場合はもとより、敗訴したとしても、裁判所で認定された事実を踏み外すことなく意見を発信する限り、少なくとも反真実で足元を掬われる可能性はありません。
ただし、提訴後の記者会見であったとしても、判決の趣旨を顧みず、判決は間違っているとして相手方の名誉を毀損すれば、それは当然問題になります。一昨日、昨日と紹介している甲府地判令5.6.27労働判例1332-70 富士吉田市(職場復帰期待権侵害等)事件は、そうした観点からも興味深い判断を示しています。
2.富士吉田市(職場復帰期待権侵害等)事件
本件で原告になったのは、被告富士吉田市が設置、運営する病院(本件病院)の歯科口腔外科において歯科医師として勤務していた方です。パワハラ等を理由に懲戒免職処分が行われたことを受け、懲戒免職処分の取消訴訟を提起しました(本件懲戒免職処分)。裁判所は、被告が主張する非違行為のほとんどについて、これを認めるに足りる証拠はないなどとして、本件懲戒免職処分の取消請求を認めました。
しかし、被告市長は記者会見の席上で「パワハラがあったということは絶対に間違いないと考えている」などと発言したうえ、判決確定後も原告を原職復帰させず、免職処分時以降の給与も支払わないと司法判断を無視した行動をとりました。
これに対し、
① 懲戒免職処分時~前訴判決確定日までの未払給与、
② 職場復帰に対する期待権侵害を理由とする損害賠償、
③ 記者会見時の言動により社会的評価が低下したことを理由とする損害賠償
の支払を求める訴えを提起したのが本件です。
本日注目したいのは、③の請求についての判断です。
裁判所は、次のとおり述べて、③の請求を認めました。
(裁判所の判断)
「本件市長は、令和2年7月10日、被告市役所において行われた7月市長定例記者会見において、記者から、前訴について、原告の診療拒否、パワハラはあったという市長の受け止めは現在も変わらないかを問われたのに対し、『変わりません』と述べた。併せて、最高裁判所の決定は出たけれども、診療回避やパワハラがあったと思っているのかと問われたことに対しては、そのように思っておりますなどと述べた・・・。 」
「また、記者から前訴において高額の税金を投じたことにつき、市民に対し何か言葉はないか問われたのに対し、本件懲戒免職処分は、現実に26件に及ぶ診療拒否及び職員に対する4件のパワハラについて処分したものであり、市が当事者となった裁判であるから、公費により対応すべきものであること、上記の各診療拒否及びパワハラにつき、証拠不十分で裁判所には認められなかったのが現実であるが、裁判所はなかったとは言っていないなどと返答した・・・。」
「さらに、本件市長は、原告への謝罪はいかがか問われたのに対し、謝罪をしなければならないのは、診療拒否をされた患者さん、立証が不十分で裁判上は認められなかったが、現実にあったパワーハラスメントで被害にあった職員に謝罪の気持ちはあるが、原告に対しては、謝罪の気持ちは毛頭ない旨返答した・・・。」
「本件市長は、令和2年8月6日、被告市役所において行われた8月市長定例記者会見において、前訴判決確定後の原告の職場復帰についての質疑応答の中で、7月10日の定例記者会見において、本件市長が公の場で診療拒否があったと発言をしたことにつき、今でも原告に謝罪する気持ちはないなどと述べた。また、記者からの今でも診療拒否、パワハラはあったと判断しているかとの問い掛けに対し、上記見解に変化はないこと、パワハラがあったということは絶対に間違いないと考えていること等と発言した・・・。」
(中略)
「前提事実・・・によると、前訴は、約3年6か月という長期間、裁判において争われ、その争点も市立病院という地域に密着する病院の歯科医師の懲戒免職処分の是非というものであるから、前訴の事案の内容及び係争期間の長さも相まって、市民が大きな関心を寄せているといえる。現に、本件病院に職場復帰した原告に対し、前訴について言及する患者もいた・・・ことも踏まえると、市民の関心の高さがうかがえる。」
「そして、前提事実・・・によると、本件市長は、市民に広く市政についての情報を広めるための定例記者会見において、原告の診療拒否及びパワハラはあったと考えている旨述べており、加えて、前訴判決確定後約1か月ないし2か月後という、前訴に対する市民らの関心が高い時期に、本件病院を設置している被告市の市長という、前訴における当事者かつ、発言権がある者により、診療拒否及びパワハラはあったと考えている旨発言されたものであり、本件市長による上記発言により、被告市民や、原告が直接診療に当たる患者の中には、原告の診療拒否及びパワハラはあったととらえる者も生じうるのであり、上記発言により、原告の社会的評価の低下が生じるものといえる。」
「そして、本件記者会見の結果については新聞に掲載され、広く市民に伝わることにより、原告が『診療拒否及びパワハラを行った医師』としてレッテルを貼られ、本件病院における原告の診療活動にも悪影響が生じる可能性が高いと考えられるところ、歯科医師は、患者の治療に当たり、患者との信頼関係を築くことが必要である仕事であることを踏まえると、原告の円滑な職場復帰及び職務遂行に与える影響は大きいものといえる。」
「加えて、前訴において被告が主張した原告の診療拒否及びパワハラについては、そのほとんどについて認めるに足りる証拠はなく、診療拒否が認められる事実についても、考慮されるべき事情があると判断されているにもかかわらず、あえて前訴における事実認定とは異なり、新たな証拠など、特段の合理的根拠も示すことのないまま、原告の診療拒否及びパワハラがあった旨述べていることからすると、侵害の程度も大きいというべきである。」
「上記各事情を踏まえると、本件市長の各発言により原告に生じた精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては200万円が相当である。」
3.裁判所を怒らせたのではないか
200万円という慰謝料額は、名誉毀損の中ではかなり高額な部類に属します。
ここまで高額の慰謝料が認定されたのは、司法判断を無視してまで原告を非難して憚らない被告の姿勢が裁判所を刺激したからではないかと思います。
稀に自らに不利な判決を受けてなお、独自の事実認識のもと労働者を公に非難し続ける使用者がいますが、こうした事案に対処するにあたり、裁判所の判断は、実務上参考になります。
