1.返したはずの貸与品
職場から貸与された物件を返却するにあたっては、会社から一々受領証をもらっていない労働者が多いのではないかと思います。
しかし、世の中には、返却したはずの物件を、労働者に対して重ねて「返せ」と言ってくる会社があります。事務処理体制の不備から返却されたことを認識していないのか、故意に嫌がらせを図っているのかは分かりませんが、そういった会社は確かに存在します。
それでは、こうした場合、二重請求を受けた労働者は、会社側の請求から、どのように身を守って行けば良いのでしょうか?
一昨日、昨日とご紹介している、大阪地判令7.2.14労働判例ジャーナル160-56 学校法人池峯学園事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。
2.学校法人池峯学園事件
本件で被告になったのは、
幼稚園(本件幼稚園)を運営する学校法人(被告法人)
被告法人の理事長(被告B)
原告の同僚である幼稚園教諭2名(被告C、被告D)
の1法人3名です。
原告になったのは、本件幼稚園で幼稚園教諭として勤務していた方です。
被告法人から懲戒解雇されたことを受け、その無効を主張して地位確認等を請求するとともに、被告Cと被告Dによるパワーハラスメント・被告Bによる退職強要を理由に損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。
本件には幾つかの特徴がありますが、その一つに、被告法人から原告に対しても訴訟が提起されていることがあります。被告法人は、原告に対し、幼稚園のマスターキー(本件マスターキー)の返却を求めました。しかし、原告は、既にマスターキーは返却していると反論しました。
本件では返却したことを裏付ける客観的証拠はありませんでしたが、裁判所は、次のとおり述べて、被告の請求を排斥しました。
(裁判所の判断)
「原告は、令和4年3月にE(原告の伯母、本件幼稚園で働いていた。括弧内筆者)を通じて被告Bに対して本件マスターキーを返却した旨主張し、Eはこれに沿う供述をする。」
「かかるEの供述は、自身の最終出勤日であった同月19日に自身が貸与を受けていたマスターキーを返却した際に、本件マスターキーについても返却したというものであり、その供述内容は具体的である。そして、返却したことを端的に裏付ける客観的証拠は存在しないものの、この点については、被告法人において、マスターキー返却時に受領証を作成するような運用が取られていなかったこと・・・に照らすと、返却の事実を証する客観的証拠がないからといって、Eの供述の信用性が否定されるものではない。Eの供述は信用できるというべきであり、原告が被告法人に対して本件マスターキーを返却した事実が認められる。」
「この点、被告Bは、本件マスターキーの返却を受けた記憶はない旨述べるが、上記のとおり、被告法人において、マスターキーの本数を管理していた事実はなく、また、返却を受けた場合にその旨を記録する取扱いがなされていたこともうかがわれないことを踏まえると、被告Bの供述は、上記認定を左右しない。」
3.受領証がなくても防御可能
民法486条は、
「弁済をする者は、弁済と引換えに、弁済を受領する者に対して受取証書の交付を請求することができる。」
と規定しています。物を返却する側は、この規定を根拠として、相手方から受領証書を徴求し、二重請求に備えることができます。
しかし、本件の裁判所は、
徴求していない原告労働者側が悪い、
と労働者を切って捨てているのではなく、
会社側で受領証(受領証書)を作成するような運用をとっていないのが問題だ、
と指摘し、受領証書がなかったにもかかわらず、弁済(返却)に立証責任を負っているはずの労働者側に軍配を上げました。
「返却を受けていない」ではなく「返却を受けた記憶はない」などと、いかにも怪しげな供述をしていたことも影響しているように思いますが、返却物の二重請求に対抗して行く場面で、裁判所の判断は実務上参考になります。
