一定の限度のもと残業代の複利計算が認められた例

1.労働時間管理をしない会社に対する残業代請求

 残業代(時間外勤務手当等)を請求するにあたっては、

「日ごとに、始業時刻、終業時刻を特定し、休憩時間を控除することにより、(時間外労働等の時間が-括弧内筆者)何時間分となるかを特定して主張立証する必要」

があるとされています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕169頁参照)。

 タイムカード等、客観的に労働時間が管理・把握されている会社との関係では、これは大した負担にはなりません。しかし、世の中には労働時間管理を完全に放棄している会社もあります。こうした遵法意識に欠ける会社に対して残業代を請求するに当たっては、立証責任の負担が、労働者に重く圧し掛かってきます。

 中でも負担なのが「日ごとに」という部分です。

 メールの送信記録や携帯電話のGPS記録、パソコンのログイン・ログオフ記録、ビルの入退館記録、業務日報、顧客との打ち合わせの記録など、何等かの痕跡が残っていれば、周辺的な事情から労働時間を立証することは物理的な意味では不可能ではないのですが、こうした周辺的な記録から数年分にも及ぶ日々の始業時刻、終業時刻を個別に立証して行くことは、相当な手間がかかります。

 このような膨大な労力を省力化するための実務上の工夫として、一定期間のサンプルを抽出し、その期間で残期間の労働時間を推認する方法(サンプル方式・サンプリング方式)という手法があります。

 しかし、佐々木宗啓ほか『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕173頁)に、

「立証の手法の問題として,当事者間において請求の全期間にわたって労働時間性が争われており,膨大な主張立証を必要としかねない場合に,一定の時期をサンプルとして抽出し,当該時期についての主張立証を尽くし,残余の期間についてはサンプル期間の立証結果によって推認する方式(サンプリング方式)や,原告多数の場合に就労形態の類型ごとにサンプルとなる者を選定し,その立証結果により同じ類型に属する者についての推認を行う方式(チャンピオン方式)も考えられ,実践例も存在する。ただし,当事者双方が早期の解決に関しメリットを感じていることが大前提であり,どの期間をサンプルとするか(繁忙期,通常の時期などの配慮もあり得る。),どのようなグループを同一類型とするか,抽出した結果をどのように用いるかについて,裁判所及び当事者の三者が十分に議論して認識を共有することが必要不可欠である。」

との記載があることからも分かるとおり、サンプル方式には、原告被告双方の同意がなければ用いることができないという問題があります。

 労働時間管理をしていない会社の中には、

膨大な立証の手間をかけさせれば、会社側に有利な形で譲歩してくるだろう、

と高を括ってサンプル方式に敢えて同意しないという選択をする会社もあります。

 それでは、こうした法無視の姿勢が著しい会社に対し、労働者側では、どのような対抗手段が考えられるのでしょうか? この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。ここ数日紹介している東京地判令6.3.28労働判例1331-87 T4U事件です。

2.T4U事件

 本件で被告になったのは、情報処理システムに関する開発・販売・人材派遣・コンサルタント業務等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告を退職した労働者です。退職後、未払割増賃金(いわゆる残業代)を請求する訴えを提起したのが本件です。

 被告ではタイムカード等の客観的な方法による労働時間管理が行われておらず、本件では労働時間の立証が問題になりました。

 本件では令和元年に訴訟提起され、令和6年3月28日に一審判決が言い渡されるまで約5年もの期間を要しましたが、その間、原告労働者側は、残業代の遅延損害金を元金に組み入れるという作業をひたすら繰り返していました。

 これは、民法405条の、

「利息の支払が一年分以上延滞した場合において、債権者が催告をしても、債務者がその利息を支払わないときは、債権者は、これを元本に組み入れることができる。」

との規定を根拠とする主張です。

 退職した労働者の残業代には14.6%という高額の利息が発生します(賃金の支払の確保等に関する法律6条1項、同施行令1条)。労働時間立証の手間をかけさせられることへのカウンターとして、年利14.6%の複利請求が行われたといえます。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、法定利率(民法404条2項 年3パーセント)の限度での複利計算を認めました(なお、当然のことながら、組入れ額ではなく本来の残業代元金に付せられている利率は14.6%です)。

(裁判所の判断)

「原告は、前提事実・・・のとおり、【1】請求の趣旨第1項及び第2項について、令和4年4月23日までの間に発生した遅延損害金を複数回に分けて順次元本に組み入れる旨、【2】請求の趣旨第4項について、令和4年4月23日までの間に発生した遅延損害金について元本に組み入れる旨の意思表示をしたとして、上記各意思表示で組み入れるとした期間に対応する遅延損害金を元本に組み入れた後、組入れ額も含めた元本についてさらに年14.6%の遅延損害金が発生しているとした上で算出した割増賃金元本及び遅延損害金を請求している。」

「民法405条はいわゆる法定重利を認めた規定であるが、同条は遅延損害金についても準用されると解される(大審院昭和17年2月4日判決・民集21巻3号107頁参照。)。」

「そして、原告は訴状において平成29年1月11日から平成30年12月10日までの間の割増賃金(ただし、実際に算出しているのは平成30年11月23日まで。)及びこれに対する各支払日の翌日から平成30年12月31日までの改正前商法所定の商事法定利率年6%と平成31年1月1日から支払済みまで賃確法所定の年14.6%の割合による遅延損害金の支払を求めているところ、これはかかる金員の支払の催告に当たり、本件訴訟の係属中は同催告が継続していたものと解するのが相当である。」

「なお、原告は、組み入れられた金員に対しても年14.6%の割合による遅延損害金を請求し、これにより発生した遅延損害金をさらに組み入れ、それに対しても年14.6%の遅延損害金を請求する旨主張する。しかしながら、組入れにより組み入れられた金員は、もともと賃金ではなく、組入れによって賃金としての性質を有することになるものでもなく、単に重利の対象となったにすぎないから、これについて賃確法6条1項、同法律施行令1条を適用することはできず、これに対する遅延損害金の利率は民法の法定利率年3%によるのが相当である。」

3.一定の限度では複利計算が認められたが・・・

 以上のとおり、裁判所は、組入れられた元本額との関係では3パーセントの利率が発生するという限度で複利計算を認めました。

 これはこれで一定の意味のある判断だとは思います。

 しかし、そもそも約5年もの時間をかけて労働時間の日々立証を行わなければならなかったのは、被告側で客観的な方法による労働時間管理が行われていなかったからです。しかも、こうした訴訟の長期化は、被告側でサンプル方式に同意しないといったような合理性に乏しい応訴態度がとられない限り生じません。なぜ、そのような会社を保護しなければならないのかは強く疑問に思います。これでは、真面目に労働時間管理をし、残業代を支払っている会社が競争上不利な立場に立たされることになり、遵法意識を持っている会社が割を食うことになります。

 また、組入れられた利息の法的性質は元本、つまり賃金になるはずです。

 等しく賃金であるにもかかわらず、賃金の支払の確保等に関する法律の適用を受ける部分と受けない部分があるというのは、法律の文言に照らし、解釈の域を超えているのではないかという疑問もあります。

 本論点に関しては、14.6%の複利計算が認められて然るべきではなかったかと思います。先行裁判例が希少であることもあり、この論点に関する裁判例の動向は、これからも注視して行く必要があります。