せん妄により事理弁識能力を欠いていた点を考慮していないとして酒気帯び運転を理由とする懲戒免職処分が取り消された例

1.飲酒運転を理由とする公務員の懲戒処分

 国家公務員の懲戒処分の標準例を定めている「懲戒処分の指針について」(平成12年3月31日職職―68)は、次のとおり定めています。

「酒酔い運転をした職員は、免職又は停職とする。この場合において人を死亡させ、又は人に傷害を負わせた職員は、免職とする。」

「酒気帯び運転をした職員は、免職、停職又は減給とする。この場合において人を死亡させ、又は人に傷害を負わせた職員は、免職又は停職(事故後の救護を怠る等の措置義務違反をした職員は、免職)とする。」

 字面だけを見ると飲酒運転をしても、停職や減給の余地があるように見えます。しかし、飲酒運転をして懲戒免職処分になって取消訴訟が提起された事案で、懲戒免職処分の取消に至る事例は殆どありません。飲酒運転の問題がクローズアップされ、懲戒処分の処分量定が急に押し上げられた時には一定数の請求認容例がありましたが、現在、懲戒免職処分が覆る可能性は極めて低いと言っても差支えありません。

 不祥事が生じる度に厳罰化が図られるため、公務員の懲戒処分の量定は年々重くなっていますが、飲酒運転については特に厳しく、近時も、飲酒運転⇒懲戒免職・退職手当支給制限処分(全部不支給)の流れで、退職手当支給制限処分(全部不支給)の効力を維持した最高裁判決が話題になりました(最三小判令5.6.27労働判例ジャーナル137-1 宮城県・県教育委員会(退職手当)事件)。

公務員の飲酒運転-一部不支給も厳しい時代の到来か? – 弁護士 師子角允彬のブログ

 このように飲酒運転を理由とする懲戒免職処分の効力を争うことは極めて難しいのですが、近時公刊された判例集に、懲戒免職処分の取消を認めた裁判例が掲載されていました。静岡地判令7.3.6労働判例ジャーナル160-56 静岡県・静岡県教委事件です。

2.静岡県・静岡県教委事件

 本件で原告になったのは、市立小学校の教諭の方です。飲酒運転(酒気帯び運転)をして物損事故を生じさせたとして懲戒免職処分とされたことを受け、その取消を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では処分の取消を求める理由が特徴的で、原告の方は、運転当時、せん妄によって酒気帯び運転の認識を欠いていたと主張しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、せん妄に陥り、事理弁識能力を欠く状態で本件運転に及んでいたものと認められるところ、証拠・・・によれば、県教委は、本件処分に際して、本件懲戒事由とされた原告の行為時に、原告がせん妄により事理弁識能力を欠いていた点を考慮することなく,一般的な酒気帯び運転と同様の事情によるものと捉えた上で処分の量定をしたものとうかがわれる。

「しかるに、本件懲戒事由当時原告がせん妄であったか否かは、事理弁識能力を欠く状態にあったとしても、全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあったものとしてなお地方公務員法上の懲戒事由に当たる可能性は残るとしても、少なくとも責任能力等の観点から非難可能性の程度を左右する事情であると考えられ、実際、本件運転当時・・・及び本件処分当時・・・を通じて『静岡県教職員懲戒処分等の基準』に掲げられた非違行為の『故意又は過失の度合い』・・・にも関わることから、県教委が、原告に対し、懲戒処分をするか否か、処分をするとしていかなる処分を選択するかの判断に影響を及ぼす重要な考慮事項であったということができる。現に県教委が、原告の酒気帯び運転を認定した別件行政訴訟の判決の確定を待って本件処分を決定したのも、このことを示唆するものである。なお、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、本件診断は、本件処分後の本件審査請求に際して新たに証拠として提出された専門医の意見書において初めて提示されたものであって、本件運転時の原告の事理弁識について、別件行政訴訟と本件訴訟における判断が異なることには相応の理由がある。そして、本件処分時に既に存在した事情について、本件処分の適否の判断資料としてその後に提示された本件診断を踏まえることは許されるというべきであるし、県教委自身、本件審査請求手続中に本件診断が提示されたことを踏まえて、本件処分を自ら見直す機会はあったというべきである。 」

以上によれば、本件処分は、考慮すべき事項を考慮に入れないままされたものとして、裁量権を逸脱し又はこれを濫用した違法があるというべきである。被告は、原告が過去に飲酒後の記憶がなくなるような不可解な行動をしていたこと等を自ら認識していたことをもって、本件懲戒事由について、一般の故意による酒気帯び運転と同等の非難可能性があるとする趣旨の主張をするところ、確かに、さらに調査をした内容次第ではそのような評価に至ることも考えられようが、過去の不可解な行動の原因を原告自身認識して是正する機会があったのかや、本件診断においても薬理学的に意味を持つ重要な事情として指摘されている酒食の2時間半前にフェキソフェナジンを服用した経験の有無などを踏まえなければ、処分の量定の適正さを確保する事情としては不足しているといわざるを得ず、これらの調査を踏まえずに本件処分に至っている点において、なお本件処分には裁量権を逸脱し又は濫用した違法があるといわざるを得ない。本件処分は一旦取消した上、上記の点については改めて行政庁の1次的判断権に委ねるのが相当である。

(中略)

「よって、本件処分の取消しを求める原告の請求は、以上の趣旨を述べるものとして理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。」

3.考慮すべき事項を考慮していない

 以上のとおり、裁判所は、考慮すべき事項を考慮していないとして、行政の第一次的判断に委ねるべく、処分を取消すという判断をしました。

 処分量定だけの議論では懲戒免職処分の取消に至ることは稀ですが、「考慮すべき事項を考慮していない」という事実認定論的な観点からの問題提起であれば、請求認容の芽は残されているのかも知れません。

 公務員の懲戒にも有責性・帰責事由を要するという議論との関係も含め(第二東京弁護士会労働問題検討委員会編『労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、2023年改訂版、令5〕698頁)、飲酒運転を理由とする懲戒免職処分の効力を争うにあたり、裁判所の判断は実務上参考になります。