1.自由な意思/真摯な承諾/慎重な認定等々の法理
労働法の領域では、労働者が立場の弱さから外形的に承諾を与えてしまっていたとしても、後日、その効力を争えることが少なくありません。
例えば、外形的に受け入れてしまっていたとしても、賃金減額に関する同意は、自由な意思に基づいていないことを理由に争える場合があります(最二小判平28.2.19労働判例1136-6山梨県民信用組合事件等参照)。
迎合的な言動があったとしても、上司による性的言動は、真摯な同意がないことを理由に、セクシュアルハラスメントとして問題にできることがあります(最一小判平27.2.26労働判例1109-5L館事件等参照)。
退職の意思表示にしても、確定的に雇用契約終了の法律効果を生じさせる意思がなかったとして、その効力を否定できることがあります(東京地判令3.3.30労働判例ジャーナル114-52 リバーサイド事件等参照)。
こうした同意・承諾の認定に真摯さが求められる場面に一例を加える裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、函館地判令6.3.27労働判例1330-74 JR北海道(パワハラ)事件です。
2.JR北海道(パワハラ)事件
本件で被告になったのは、旅客鉄道事業等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告に採用され、函館新幹線工務所総務に異動し、A所長やB助役のもとで勤務していた方です。上司らによるハラスメント行為により適応障害を発症するなどしたとして、債務不履行(職場環境配慮義務違反ないし安全配慮義務違反)に基づき損害賠償を請求したのが本件です。
本件の原告は多数の行為を問題視しましたが、その中の一つに、次のようなものがありました。
(原告の主張)
「原告が、市内の公園において職場のメンバーでバーベキューをした際、従業員2名の印鑑を紛失してしまい、これらを見つけられずにいたところ、B助役は、同印鑑が原告の家にあるかもしれないと言い、勤務終了後、D事務及びE事務係とともに同印鑑を探しに原告宅を来訪し、原告の部屋の棚やクローゼット、台所の引出し等を勝手に開ける等して捜索した。」
裁判所は、上記行為について、次のとおり述べて、不法行為の成立を認めました。
(裁判所の判断)
「4の行為(上記行為 括弧内筆者)のうち、令和元年6月19日にB助役、D事務係及びE事務係が、原告が紛失した2名分の印鑑を捜索するため原告宅を訪れて立ち入ったことは当事者間に争いがなく、証拠(証人B、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、B助役らは原告の真摯な承諾なく原告宅内の引き出しやクローゼット等を開けて同印鑑を探したと認められる。」
「従業員の生活する居毛内はそれ自体私的領域であり、とりわけ居宅内の引き出しやクローゼット等の内部は、通常、第三者の目に触れることはなく、プライバシー保護の要請が高い。そうすると、上記態様による物品の捜索行為は、特段の事情のない限り、相当な業務の範囲を超え、プライバシーを侵害するものとして違法であると解すべきところ、本件の捜索行為が原告の真摯な承諾なく行われたことは前記・・・のとおりであるほか、高度にプライバシーを制約する手法をとってまで前記印鑑の所在を明らかにする必要があるとも認められず、同特段の事情があるとは認められない。」
「この点につき、被告は、原告宅への立入り及び捜索には原告から承諾を得ていた旨主張する。しかし、前記居宅、居宅内の引き出しやクローゼット等の内部の性質及び前記態様による居宅への立入り及び捜索が行われた経緯に照らせば、従業員が前記居宅への立入り及び捜索に真摯に承諾するとは考え難いところ、B助役は、原告宅の訪問及び捜索の同意を得ていた旨供述する一方で、どのような言動をもって原告がこれに同意したのか明確には記憶しておらず、クローゼット等を開ける際にその都度原告の明示的な同意は得ていなかった旨供述していることも踏まえると(証人B)、前記態様による原告宅への立入り及び捜索について原告が真摯に承諾していたとは認められない。被告の主張は採用できない。」
「したがって、4の行為は、故意又は過失により原告のプライバシーを侵害するものであるから、不法行為に該当する・・・。」
3.民事の裁判所は任意性を常識に沿って考えてくれる
刑事手続の場面での「任意」は「強制ではない」くらいの意味で、かなり抑圧的なことが行われていても、同意のもとで捜査が行われたという判断に流れがちです。
しかし、民事事件においては、承諾が真摯なものかどうかは、比較的常識に沿って判断してもらえることが多いように思います。
バーベキュー時の思い付きによる家探しに真摯な同意があったというのは、やはり相当に無理のある立論で、裁判所も捜索は違法だと判示しました。
「真摯さ」という観点から承諾の効力を争える場面に一例を加えるものとして、裁判所の判断は実務上参考になります。
