1.解雇されず、ただ仕事を干される問題
シフト制で働いている方に生じがちな問題の一つに、解雇されることもなく延々と仕事を干されることがあります。
原則として労働者に就労を請求する権利はありません。また、ノーワーク・ノーペイと言って、基本的に働かなければ賃金を請求する権利は発生しません。これと解雇規制の強さが相まって、解雇するだけの理由に乏しい時に、会社がシフトを入れないという選択をとることがあります。労務提供をさせなければ、賃金を支払う必要がなくなるからです。
こうした手法に対しては、黙示的な最低シフト数合意の存在や、シフト決定権限の濫用などの法律構成で対抗して行くことが考えられます。
ここで問題になるのが他社就労との関係です。
訴訟で裁判所の判断を得るまでには、一定の時間がかかります。その間、賃金を得られない労働者は、他社就労等によって当面の生活費を確保することになります。
解雇された場合、勤務先は社会保険の被保険者資格の喪失手続をとるため、他社就労を行うにあたって特段の問題は生じません。
しかし、解雇されることなく、ただ仕事を干されるパターンでは、社会保険の被保険者資格の喪失手続がとられないこともあります。そうなると、新たな職場で社会保険に加入することができず、他社就労に支障が生じることがあります。
それでは、こうした場合に、元々の職場に社会保険の被保険者資格の喪失手続を求めることは、どのように評価されるのでしょうか? こうした態度は、元々の職場を退職する意思表示として捉えられてしまうのでしょうか?
この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、大阪地判令7.1.24労働判例ジャーナル159-52 ウェーブライン事件です。
2.ウェーブライン事件
本件で被告になったのは、一般貨物運送事業等を業とする株式会社(被告会社)と被告会社の代表者(被告B)です。
原告になったのは、平成30年11月1日から被告会社に期間の定めなく雇用され、トラックドライバーとして運送業務に従事してきた方です。残業代や出勤停止を言い渡されて以降の賃金等を求める訴えを提起したのが本件です。
本件の特徴は、被告会社が解雇をしていなかったことです。被告会社は出勤停止を言い渡して賃金を払わなかっただけで、原告を解雇してはいませんでした。
こうした状況のもとで訴訟を遂行するにあたり、原告の方も他社就労する必要に迫られました。そのため、
「原告は、令和5年8月頃、被告会社に対し、ハローワークを通じ、新しい職場で雇用保険に加入することができないため、被告会社において雇用保険被保険者資格喪失手続を行うよう求め(以下『本件連絡』という。)、被告会社は、遅くとも同月31日までに、原告の求めに応じ、同手続を取った。」
という事実経過が生じました。被告会社は、これを捉え、
「原告は、令和5年8月、ハローワークを通じて本件連絡をした。本件連絡は、被告会社に対し、雇用保険被保険者資格喪失手続を取るよう求めるものであるところ、これは、被告会社を退職する旨の意思表示である。被告会社は、これを了承し、同月31日までに同手続を取ったものであって、原告は、遅くとも、同日をもって、被告会社の従業員としての地位を喪失している。」
という主張を展開しました。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。
(裁判所の判断)
「被告会社は、本件連絡をもって原告による退職の意思表示と解すべきである旨主張する。」
「しかし、本件連絡は、原告が、本件面談以降、被告会社から業務を与えられなくなり・・・、被告会社が原告の健康保険被保険者証の資格喪失手続を行うなどする中で・・・、本件訴訟を提起して雇用契約上の権利を有する地位の確認を求めつつも、他社で就労するために必要な手続として求めたものである・・・。」
「以上の経緯に照らすと、本件連絡は、あくまでも生活を維持するために手続上求めたものと解するのが相当であり、これをもって退職の意思表示と解することはできないから、被告会社の上記主張は理由がない。」
3.生活維持するための手続を求めたことは退職の意思表示ではない
上述のとおり、裁判所は、雇用保険の被保険者資格の喪失手続を求めたことは、退職の意思表示とは理解できないと判示しました。
当然の結論ではありますが、裁判所の判断は、他社就労しながら解雇をせず仕事を干すパターンの会社と係争するにあたり、実務上参考になります。
