1.違法な退職勧奨・退職強要
退職勧奨については、
「基本的に労働者の自由な意思を尊重する態様で行われる必要があり、この点が守られている限り、使用者はこれを自由に行うことができる。・・・これに対し、使用者が労働者に対し執拗に辞職を求めるなど、労働者の自由な意思の形成を妨げ、その名誉感情など人格的利益を侵害する態様で退職勧奨が行われた場合には、労働者は使用者に対し不法行為(民法709条)として損害賠償を請求することができる。」
と理解されています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第2版、令3〕996頁参照)。
こうした記述からも分かるとおり、退職勧奨に対して立ち向かうには、先ず、
退職勧奨に応じる意思はない、
と明確に拒絶することが出発点になります。
明確な拒絶があれば、それ以上、退職勧奨を継続することは、労働者の自由な意思を尊重していない/労働者の自由な意思の形成を妨げていると言い易くなるからです。明確に拒絶しているにもかかわらず、退職勧奨・退職強要が続く場合、損害賠償請求などの法的措置をとって、退職勧奨・退職強要の継続を事実上阻止できないかを検討することになります。
ここで一つ問題があります。
使用者に退職勧奨の事実を否認された場合にどうするのかです。
退職勧奨は事前に予測できるものばかりではありません。ある日、唐突に上長に呼び出され、退職の勧奨を受けることもあります。こうした唐突さがある場合、どのような話がされたのかを録音できないことがあります。
また、退職勧奨に応じる意思はないと明確に拒絶した後、「退職」という言葉を出すことを止めて、不利益性の高い契約変更を求めるなど、圧迫を加えて自発的な退職への誘導を試みられることがあります。このような圧迫が問題になった時、使用者側からは、しばしば「退職勧奨に応じないと言われたから、労働条件の変更など雇用を維持するための方策を考え、その可否を打診していただけだ。」という反論が展開されます。
それでは、こうした実務上の課題をクリアするためには、どのような方法が考えられるのでしょうか? 近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が掲載されていました。東京地判令5.4.28労働判例1328-71 メドエルジャパン事件です。
2.メドエルジャパン事件
本件で被告になったのは、聴覚障害者用の人工内耳など聴覚インプラントの輸入・販売を行う株式会社です。
原告(昭和39年生)になったのは、平成22年に被告にマーケティング部のオペレーティングマネージャーとして入社した方です。違法なパワーハラスメント行為や配転命令によって精神的損額を被ったなどと主張して、被告に対して慰謝料等を請求する訴えを提起したのが本件です。本件は原告の在職中に訴訟提起されている点にも特徴があります。
原告が主張するパワーハラスメント行為は複数に上りますが、その中の一つに、
退職に応じない意思を明らかにしている原告に対して執拗に退職勧奨をするとともに、原告の尊厳を傷つける暴言を行った(本件パワーハラスメント①)
というものがありました。
本件の裁判所は、次のとおり述べて、本件パワーハラスメント①の違法性を認めました。
(裁判所の判断)
「原告は、被告から行われた退職勧奨等が違法なパワーハラスメントに該当すると主張するところ、企業が人事対応の一環として、労働者に対して雇用契約の合意解約に向けた働き掛けや説得を行うことは、それ自体が直ちに違法と評価されるものではない。もっとも、これに応じるかどうかは労働者の自由な意思に委ねられるから、退職勧奨の態様が、退職に関する労働者の自由な意思形成を促す行為として許容される限度を逸脱し、心理的圧力を加えて強要したり、その名誉感情を不当に害する言辞を用いたりした場合には、社会通念上相当と認められる範囲を超える違法行為として職場環境配慮義務違反に該当すると解される。」
「以上を本件について見るに、前記認定事実のとおり、c社長は、平成24年10月15日以降、原告に対し、これは解雇通知である、解雇したい意思は変わらない、自主退社と解雇が選択できるなどの発言を繰り返すとともに・・・、同月29日には原告が担当していた装用者・難聴者関係の仕事を全て他の社員に引き継ぐよう命じ・・・、同年11月16日の面談では、原告の問題点が改善する傾向が見えない限り、退職勧告を受け入れるように求めているのであるから・・・、原告に退職勧奨をしていたことは明らかである。」
「そして、本件における原告の一連の対応を踏まえると、原告が上記退職勧奨に対して諾否を曖昧にしていたとは考え難く、当初からこれを拒否していたと認められるところ・・・、平成24年11月16日には、c社長が、それまでの複数回にわたる口頭での働き掛けに代えて書面で考えを示し、2時間もの説明をしたにもかかわらず、原告は応じなかったのであるから、これ以上働き掛けを続けても、原告が自発的に退職を選択する見込みはなかったというべきである。」
「ところが、その後も、c社長は、原告にはマーケティング等の知識がない、給料を半分にするなどの発言を繰り返した上で、原告の担当業務を全て新入予定社員に移す旨のメールを社員全員に送るなど・・・、原告に退職以外の選択肢がないかのような心理的圧力を加え、さらに、同年12月1日付けで原告を掃除等の担当とする本件配転命令〔1〕を行った上・・・、原告をサポートする人は会社に一人もいない、皆が原告と仕事をしたくないと言っているなどと、原告の名誉感情をいたずらに傷つける言動を繰り返している・・・。」
「以上の事情を総合考慮すると、c社長による平成24年11月16日より後の退職勧奨は、労働者である原告の意思を不当に抑圧して精神的苦痛を与えるものといわざるを得ず、社会通念上相当と認められる範囲を逸脱した違法な退職勧奨であると認めるのが相当である。」
「これに対し、被告は、c社長は契約の変更を提案したにすぎず、退職勧奨をしたものではない旨主張する。」
「しかしながら、録音反訳のある平成24年11月16日の面談でも、原告がc社長から解雇と言われた・・・、会社を辞めるよう言われた・・・と述べているのに対し、c社長は何ら否定をしていない上、c社長自身も『もうさすがに退職勧告を受け入れていただけると』と述べているのであるから・・・、c社長が原告に退職を促していたことは明らかである。」
「そして、同日以降の面談で、c社長が明確に退職の言葉を口にしたことを認めるに足りる証拠はないが、上記・・・のc社長の言動は、著しく不利益性の高い契約変更を求めることにより、これを受入れられないのであれば退職を求めるとの意図が容易に看取できるものであり、退職勧奨の趣旨を含むものと認められる。」
「以上によれば、被告の上記主張は採用できない。」
3.事後であっても録音が有効に機能することがある
本件で目を引かれたのが、被告の主張の排斥の仕方です。
裁判所は、録音反訳において、
退職勧奨を受けたことを前提とする原告の言動に対して何ら否定をしていないこと、
退職勧奨をしたことが前提となるような社長の言動が記録されていたこと、
から被告の退職勧奨をしていないという主張を排斥しました。
退職勧奨の面談は複数回に渡ることが少なくありませんが、これは、途中からでも面談の経過を録音しておくことが、退職勧奨の違法性を立証するにあたり有効であることを示しています。こうした例もあるため、初回の録音に失敗したとしても、次回以降はきちんと録音を取得しておく必要があります。
また、特定の日以降、退職の言葉を口にしたことがないとの指摘に対しては、退職を求めるとの意図が容易に看取できるから、言い訳にならないと判示しました。これは退職勧奨が行われたことさえ立証できれば、その後の著しい労働条件の不利益変更の打診が退職強要の手段として理解できることを示したものだと言えます。
こうした判示を見ると、やはり労働者側にとって録音が非常に有効な証拠方法であることが分かります。違法な退職勧奨・退職強要に立ち向かうにあたっては、途中からであったとしても、しっかりと録音を取っておくことが重要です。
